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2006年4月

白の旋律(白の光)~旋律№19 シャッフリッシュ~

〈白の擦れ違い〉

旋律№19 シャッフリッシュ
                     白
 美しい女性を描いた絵が飾ってあります。
 ただそれだけのことで、別段その絵の作者が有名なわけでも、人々がこぞって見ているわけでもないのです。
 しかし、不思議なことにその絵の前で僕の足は、自然と止まっていたのでした。
 何のへんてつもない風景画の中に女性が収められています。
 ただ、その絵に僕が引きつけられていた理由が、やっと分かったのです。
 絵の中に収められていた女性の眼球だけが、こちら側に飛び出してしまっていたのです。

 迂闊でした
 
見られているのが本当は僕であるということに気がついた時、僕はもう、絵の中の存在でした。

彼女が笑っているのが見えました。

誕生日 二〇〇五/九/三十(金)
編集日 二〇〇五/十/一(土)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№18 ボクノテクビ 君の手首~

〈白の信探〉

旋律№18 ボクノテクビ 君の手首
                              白
テクビヲミセテ  

 君の手首をボクに見せておくれ
 
 ナンニモシナイヨ

 傷つけたり裂いたり、カットなんて絶対にしないから
 
 テクビヲミセテ

 ボクを信用する証として君の手首を見せておくれ

 「さあ、」

誕生日 二〇〇五/九/二十九(木)
編集日 二〇〇五/十/一(土)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№17 Children.~

〈白の憧れ〉

旋律№17 Children

                         白
可能性や未来を求めることなんか知らなくて、無邪気なことにすらイヤラシイ価値観を当てはめなかった。
  
 あの頃の僕らの目に映った空は、どんな時だってただただ青かった。それだけを知っていたから楽しく生きられた。

 あの空を見つけたい、僕の力で見つけたい。
 突き進む勇気にするんだ、
 『今を生きる』
 理由を見つけるために。
 

誕生日 二〇〇五/九/二十八(水)
編集日 二〇〇五/十/一(土)

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白の旋律〈白の光〉~旋律№16 空を見上げると~

〈白の意識〉

旋律№16 空を見上げると
                             白

 赤い実がなっている
たった今、窓の向こう側に赤い実をみつけた。

光が当たっている
 やっぱり赤い。
 
いつのまに、僕が知らないうちに実をつけたんだろうか。

 僕は今日、赤い実をみつけた

 あのこはいつから僕を見ていたんだろうか。

 誕生日 二〇〇五/九/二十八(水)
 編集日 二〇〇五/十/一(土)

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白の旋律〈白の光〉~旋律№15 未来をたどる~

〈白は繰り返す〉       

旋律№15 未来をたどる
                              白

 あーこんな人生だったんだ

 生活の節々でそのことが頭にチラツク

 過去の自分には絶対に分かり得なかった未来

 でも今となっては、その瞬間瞬間がはなから決まっていたことのように思える

 不思議だ、人生は不思議だ
 
飽きることがない
 
 だから今日も君は生きているんだろ?

 僕は、そんな自分を観察するのがやっぱり好きなんだ。

誕生日 二〇〇五/九/二十六(月)
編集日 二〇〇五/九/二十六(月)

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白の旋律〈白の光〉~旋律№14 肉~次の満足を得るために~~

〈白の暴力〉

   旋律№14 肉~次の満足を得るために~
                                                白

 ある時、ふとある時、あれは調度僕が昼御飯を食べ終えて、午後の診断を始めようとした時のことだった。
 看護師が最初の患者を連れて部屋に入ってきた。僕は彼女からカルテを手渡され、ゆっくりと目を通す。確認のためにもう一度、そして自分で自分を強く納得せしめるために更にもう一度、目で必死に文字を追いかけた。
「桜木君、少しの間、席を外してもらえないかな、患者さんと二人きりで話がしたいんだよ」
「はい、分かりました阿部先生。ではまた必要な時にお呼び下さい。失礼します。」女性特有の甘い香りを残し、彼女は静かに退出した。
 窓を閉め、鍵を閉め、カーテンを閉めた。フーッと小さく息を吐いた。
「それで、いつからなんですか、その症状というか、異変に気付いたのは?」
先程まで下をうつむいていた坊主頭が一呼吸置いて、ゆっくりとこちらに顔を向けだした。ここで彼のプロフィールをプライバシーに触れない程度に記しておこう。

そんな彼がボソッと何か口にしたようだった。
「すいませんが、もう一度言っていただけますか、上手く聞き取れなかったものですから。」今度は意識的に彼の口元に注視した。
「……」やはり、音にならなかったというより、音を声に変換する一種の人間的理性をこの時彼はすでに失っていた。だが、僕は今もはっきりと覚えている。彼の口元に薄気味の悪い微笑が浮かび、「ニク」という空気音を発しているようだった。
 上の瞼はくたびれて垂れ下がり下の瞼は隈で真黒に黒ずんで、顔はゲッソリと痩せ細り、筋肉があることも疑わせる。それはもう顔に色がなかった。しかし、あの目だけは今となっても忘れられない。ギラギラと、何かを捕まえようとするあの鋭く紅い野生的な目は。
 殺られると思った。間違いなく彼は数秒後に、いや、奴は僕に危害を加えるであろうと、医者の第六感が働いた。桜木君を追い出すべきではなかった。僕はしきりに後悔をした。
「ちょっと、トイレに行ってきますので、待っていて下さいね」我ながらに上手くかわしたと思った。
「……」
 ドアノブに手をかけたその時、僕の首にはヒンヤリとした感触があった。細く痩つれた腕がたらんと絡みつき、耳には細かく早く生温かい吐息が当たっていた。
「待てよ、先生よ、医者だろうがよあんた。俺は仮にも患者だぜ」
震えながら、かろうじて声色を思わせるその音の集合体が、僕から徐々に冷静さを奪っていく。
「何がお望みですか……、ここは冷静に、落ち着いて話をしようじゃありませんか。」
「ニク―くれやぁ先生よぉ、俺に肉くれや。沢山くれ、喰いきれねぇくれぇのよぉ、ありとあらゆる肉をくれや。」
「ちょっと待って下さい。言いたい事は分かりましたが、その理由が分かりません。どうか話を初めからお願いできますか?」
若干、男の腕が緩んだかに思えた。坊主頭のジョリッとした感触が、僕の右の頬に走った。
「あれはまだ、働いていた頃のことだったいつものように仕事を終え、その帰り道に食糧を買うためにスーパーに寄った。惣菜やら弁当やら、とにかく腹が減っていたからよぉ、すぐに喰えるのを選んだわけよ。そして俺はレジに向かって歩いた、調度精肉売り場の前を通り過ぎようとした時、突然胸が熱くなり、圧迫感を覚え、息苦しくなって、目の前の世界がグルゥーン、グルゥーンと回転を始めた」
「それで、一体どうしたんですか?カルテには記されていませんでしたが、何か持病でもお有りですか?」
「始めは俺も、きっと疲労か何かが原因だろうぐらいにしか思わなかった、でも今度は、心臓の鼓動がだんだんゞ大きくなり、仕舞には、その音しか聞こえなくなってしまっていた。『ドクンッ、ドクンッ』次の瞬間、目の前の世界が紅一色になった時には、俺は意識を失っていた。――― 目を開けると、辺りの世界は真っ白に変わっていた。その空間内に漂う軽い薬品臭さが俺の気持ちを鎮めた。医者の話によると俺は、精肉売り場の肉という肉を手当たりしだい貪り、喰っていたそうで、店員五~六人掛りでも手に負えず、仕舞には警察を呼んだそうで、事は治まった。その時の俺は、人間に見えなかったと、記録に残っている。口いっぱいに紅々と生肉をほおばり、狂暴な目で威嚇を繰り返し、そしてベッタリと四速歩行だったらしい。――― なぁ先生よぉ、頼むからゝ助けてくれよ、あの日から俺はもう肉がねぇと生きていけねぇんだよ。たのむよ、俺を救ってくれよ先生!」
 正直僕は、彼よりも大きな不安を抱いていたのかもしれない。自分の医療技術で回復させることが果たして可能なのだろうか。
「肉を喰わないと、どうなるんですか?」
「あの後、その話を聞かされた俺は、もう肉を喰うことをやめようと必死に努めた。でも、他の食物が胃に入った瞬間、決まって激しい嘔吐に襲われた。またあの時みたいに化けるのが恐ろしくて、それで、店を何件もはしごして、ただただ肉を買って回った。」
「では、あなたの心も体も肉以外を受け付けなくなった、簡単に言うとそういうことですね。」
「情けねぇよ。今までごく普通の人生を送ってきたのによぉ。自分で自分をコントロールできなくなるとはよぉ。」
「分かりました。この事はあなたと私との秘密にしましょう。一日、たった今から丸一日だけ、僕に時間を下さい。明日の同じ時間にここでまた会いましょう。」
「先生、俺、信じてっからよ、悪かったな手荒な真似して。んじゃぁまた明日な。」
スルッと首元の圧迫がほどけ、彼の背中を見送った。椅子に座り、しばらく考える姿勢をとった。カーテンを開けると陽の向きがすっかり変わっていて、二時間以上の時の流れの中に僕を沈めた。
「先生、患者さんの容体はいかがでしたか?」
「心配要らないよ桜木君。軽い疲労で少し錯覚を見たらしい。話に少し熱が入ってしまったから、また明日落ち着いてから来てもらうことにしたよ。」―――「錯覚……かぁ。」
 彼を救ってやりたいと思った。生きようとする彼の目に僕は心を動かされた。なんとかしてやりたい。でも、患者の要求だからといって理由も無しに肉を与えることが果たして許されるのだろうか?何か、何か良い口実を考えなくては、何か……。
 翌朝、僕は目を覚まし、昨日考えた事と、少し疲れた体を持参して通勤した。僕の専門は心理学、所謂カウンセリングを中心とした治療を行う。通い始めて二ヶ月の引きこもりの中学生や、現実逃避から来る対人関係恐怖症で頭を悩ます中年の主婦、その他いつも治療している患者達の存在が不思議と軽く感じられた。医者として、患者達を平等に扱うのは義務であるが、しかし、ついつい彼の事が頭をよぎってしまう。
ボーッとしたまま午前中の診断を終えて昼食時間。足を投げ出し、イスに座りながら窓の外に溢れた空を見た。向こうに濁った雲があって、風が少し強いな、「桜木君、午後は雨が降るようだね」
「はい、最近暑かったから丁度いいかもしれませんね。ちゃんと傘持って来ましたか?」
「あっ傘かぁーすっかり忘れていたよ。」
「あら珍しい、几帳面な先生が忘れ物なんて。」
「最近少し疲れ気味でね。まぁ明日は休診日だからゆっくりするよ。」
「お茶、持ってきますね。」
 彼が来るまでの時間、なぜだか気持ちがうわついた。丁度、小学生の時分に遠足前夜の布団の中のような気分だった。
「もう三杯目ですよ先生、本当に疲れてるんですか?」
「いやーなぜだかのどが渇いてね。」僕は感情を表情に出さないように努めた。空は濁り、これから患者と接しようとしているのに、自然と感情が高揚してくることに僕は少なからず医者失格の念を抱いた。―――ドアを二、三叩く音がして、それまでの緩んだ空気が、シュッと締まった。例によって目でSignをおくると、桜木君は軽くうなずき、退出した。男とすれ違いざまに挨拶をして、彼女の背中が消えていった。
「こんにちは、いかがですか体調は?」
「昨日先生と別れて、帰るまでの間は心底嬉しかった。医者という立場であれ、自分の理解者が出来るかもしれないと思ったからだ。俺は今まで、自分をさらけ出そうとするたびに相手に裏切られ続けて来た。そして今回の事件を期に、孤独を感じると、すぐに化けるのが常になった。」
「なるほど、あなたの変化とやらの要因にはどうやら肉と孤独というのがあるみたいですね。」
「でぇー先生よぉ、何か良い治療案のかい?」
「一度、あなたの変化した姿を見ないことには手の施しようがありません。まぁ、いくつか考えはありますが、それにはあなたの協力が必要不可欠だ。魅せてくれますね、真の姿。」男は下をうつむき少し考えて、了解した。
「あんたに、俺の全てを賭ける。」
「いいでしょう。ちょっと僕に着いて来て下さい。これからあることの説明は、そこに着いてからにします。誰もいない所です。安心して下さい。」
 男の気配を背中に感じながら、下の階へ下の階へ、隅の部屋へ隅の部屋へ、闇へ闇へと歩を進める。
「先生、ここはまだ病院なのかい?なんだか人気が全然ねぇし、第一、こんな所、いや失礼!っと……。」
「言わんとしてることは分かりますよ。正直な所、あなたと同じく私も不安です。何せ初めての試みですからね。」、とできるだけ語尾を濁してやった。
「さぁ着きました。どうぞお入り下さい。」
『第五実験室』ホコリをかぶった部屋の表札にはそう記してあるようだった。男は一瞬チラリと目をやり立ち止まりかけたが、何事もなかったかのように入室した。
「先生よぉ、これからここで一体何をするんだい?この部屋、透明の壁があってあとは小窓があるぐらいだぜ。」
「僕も一応医者の端くれです。最初から患者に対して圧迫感や不審感を与えるようなことはしませんよ。仮に今、この部屋にメスやら縫い針やらがあなたの目につく所に置いてあったとしたらあなたはどう思いますか?」
「まぁ普通に考えて切られて縫われる、手術をされるわけだから多少抵抗を持つかもな」
「そういうことです。初めのうちは楽に行きましょうよ」僕は微笑をし、彼の緊張をほぐしてやった。
「まずはこの部屋の仕組みについて説明しておきましょう。この部屋は全体で二十畳あり、その真ん中に特性の頑丈な素材で造った厚さ十センチの透明な壁があります。あちら側からこちら側を見ることは可能ですが、逆は一切不可能です。特殊ですから。あなたにこちら側で治療を受けてもらっている間、僕は向こう側の部屋から観察させていただきます。」
「難しいことは俺よく分かんねぇけど、先生があっちの部屋からこっちの部屋にいる俺を観察しながら治療するってことだな。」
「まぁ簡単に言えばそうですね。ちなみにこの壁にはいくつか意味があります。透明であることにより『壁』の持つ圧迫感を消したり、ほら近づくと姿が映るんですよ。自分を映したり。そうそう、壁に一発時分が出せる一番強い力打撃を加えてみて下さい。」
男は痩せ細った右腕を二、三回、回した後で壁を力一杯殴った。
「イッテェー、先生なんだよこの壁、なんて硬さだ全く!」
「先程申し上げたことをあなたが覚えているか少し実験して見たんですよ。ほら言ったでしょ、『頑丈な素材』とか『特殊』とか。ちなみに人間の力ではどうやっても壊せないことになってますから。人間の力ではね。全力で打撃を与えさせたのは、身をもってあなたにそれを承知させるためです。」
「なるほど、つまりこいつは本当の意味で『壁』なんだな」
「そうなんです。透明ってだけでその存在を忘れさせ、相手から圧迫感を取り除いてしまうんですからねぇ。不思議なやつですよ。」
「俺は、この部屋で何をすればいいんだ?」
「食べてみますか?肉。」
「おい本当にいいのか先生!」
「一度その化けた姿を見ないことには治療の方法が分かりませんからね。準備はすでに出来ていますから、少しここで待っていて下さい。」
 部屋を出て、鍵をかけてやった。昨日肉の卸売業者に生肉をところかまわず二十㎏発注しておいた。それを台車で男がいる部屋と反対の部屋に持って行った。
「あっ、あっ、聞こえますかね?そちらの部屋にはスピーカーがあって、僕の声が届くようになっています。それでは今から実験を開始します。向かって左下の壁にご注目。」壁の左下には仕掛けがあって、そこから患者に対してモノを与えることが出来るように、二十㎝四方のドアを自動で開閉させることが出来るのだ。手元のスイッチでそれを開けて、まずは二㎏の肉を投入し、すぐに閉めた。僕はしっかりと目を広げ、観察体勢に入った。
 男は何やらニヤニヤと嬉しそうに近づいてきた。
「先生、本当に食うゼ、化けるかもしれないゼ。」
「とにかく自由にしてみて下さい。」それが狙いですから……。
男は肉を両手で持ち上げ、しめしめとなめるような視線で回しながら眺めていた。堂やら本人はまだ気付いていないようだったが、少しずつ変化の兆候が表れ始めた。
 目じりと口元が段々と吊り上り始め、黒目が少しずつ小さくなって、まるで
ハチュウルイのようだ。手の甲の血管が浮き出てきて、犬歯が鋭く伸びてきた。次の瞬間、両腕、いやこの時すでにそれらは前足と化していた。前足でバンバンと何回も肉の塊を地面に叩きつけて、爪をいっぱいに立ててそれを必死に押さえつけて、そしてついには喰らい始めた。実に生き生きとしていて、実に紅々とした彼の表情に僕はもううっとりと見とれてしまっていた。生き物の顔の筋肉も微細なところまで極限に発達するとあれほどまでに豊かな表情が生み出される。なんて素晴らしいことだ。常に理性が付き纏う人間には絶対に不可能だ。彼はもはや人間なんかではない、ましてや彼でもない。全てを超えた、そう奴は「人獣」
だ!
 見ているだけで生命体の神秘を感じるゼ。ドクンッドックンドクンドクン、奴の体全体が一つのドデカイ心臓に見えてきた。生きている、奴は生き生きと生きているぞ。揺れている、奴の鼓動で揺れている、空気が天地が地球が我が、全てに感染してしまった。奴の計り知れない生命力は完全に息を吹き返した。
 全てを喰らい尽くした後、部屋中を走り回り、開閉口をしきりに叩きながら、奴は求めた。うなり声と共に肉を求めた。十分ほどそれを続けて、もう出てこないことが分かると、失神するように眠りについた。そして徐々に奴の姿は人間へと戻って行った。人類の進化と退化をほんの数分で両方目の当たりにした僕は、ふと、これからのことを考えた。人間は一体どこまでで進化するのだろうか。もしかすると行き着く先は獣なのかもしれないな。
「蛭間さん、蛭間さん、起きて下さい!」
彼に戻った奴は、むっくりと起き上がり、天井やら壁やらを見回し始めた。そしてガクガクと覚束ない四速歩行で例の壁へと歩いていき、時分お姿をじっと眺めて、頭や腕のあたりを確かめるように触り始めた。しばらくしてやっと僕の存在に気付いた様子で、
「せ、先生、俺は一体どうなってたんだ?柔らかくてヒンヤリとした肉を手で触ったとところまでは記憶がある。問題はその後だ。やっぱり以前同様、目の前が真っ赤になって、自制できなくなってどうしようもなくなって、でも今回、一つだけ前と違ったところがあったんだ。」
「なんですか、それは?」
「一瞬,ほんの一瞬、壁に映った自分の姿が見えたんだ。」
「それで、いかがでしたか、ご自分の化けた姿を見た感想は?」
「肉に踊らされている自分が情けなかった。先生、頼むから俺を元に戻してくれよ、俺もうどうして生きていいか分からねぇよ。」――― 哀願した彼の面はこれまでの僕の人生において、後にも先にも見ないほどくたびれた人間のものであった。
 家に帰り、僕はずっと考えた。ソファーの跳ね返りの中で、便座の上で石鹸の芳香剤の香りに包まれながら、夕日色の光を浴びて寂しく晩飯を頬張って、そして、一つの光が頭の中を照らした。
 次の日、また彼に会う約束をした。会うと言っても病院ではなくて、知り合いとしてだ。無論、意図するところは彼の表情をもっと集めるというそれだけのことだ。
 彼には僕の友達を一人連れて行くと言っている。まぁ早い話が桜木君ナわけだが、彼女のことをすでに見ている彼には少し悪いが、今日桜木君には出来るだけ職業臭さを外した姿で来てもらうことにしている。今回の作戦において彼女は重要な役割だ。故に彼に対しては病院の先生のキレイな女友達という抵抗感のない印象を与えたい。実際、僕にとって桜木君の役割とは実に扱いやすい。カルテで患者の病状を知っているが、今回のように診断の際、必要に応じて席を外すが故に彼は自分を知られていないと思い込んでいるだろう。勿論、桜木君にも気を使わせないように、
「男二人で遊ぶのも盛り上がらないから、すまないが来てくれないか」とだけ言って置いた。快く了解してくれた彼女には悪いが、実際のところ本当の意味での桜木君の存在理由とは、蛭間の言動を規制するということにあるのだ。無論、全てを見せた人間と、初対面の異性がいるといった中で彼がどんな二面性を露わにするのかが知りたかったのだ。
 月と太陽は入れ替わり、僕が待ち合わせ場所に到着してから約五分後、薄いブラウン色のミニスカートに、白くてそれでいて身体の線がキレイに出ているニット素材の長袖を着た桜木君がやって来た。
「おはようございまぁーす、先生!」
「おはよう。桜木君ここは病院じゃないし今日くらいは名前で呼んでほしいな。」
「えーっとじゃあ、阿部さんて呼びますね!」
「たくさん装飾品もつけて、化粧も普段より気合が入っていて、僕じゃなきゃ君と分からないかもな。」
「先生、じゃなかったや、阿部さんのご注文通りアタシ頑張ったんですよ!」笑いながら辺りを見回している仕草が、どこか普段の彼女とは違った魅力で僕を引きつける。
「遅いですね患者さん、じゃなかったや蛭間さん、あっ阿部さんアタシには仕事臭くないようにとか言って自分はあんまし崩してないじゃないですかぁー、ヒドイなぁー。」
「一応、ほらスニーカー履いてるしさ。」――― まぁ桜木君が強い服で来ることが設定済みだったから、僕はあえて蛭間に緊張を与えないように、弱めの服でやって来た。白地に赤いステッチが入ったワイシャツに下は細身のブラウンのジーンズ。後は先程の白いスニーカー。なるべく蛭間の注意を自分に向けさせず、彼の内面を調べたかった。まぁ、この分だと彼は終始明るい桜木君を見ているだろうな。取り合図一つ目の作戦は成功したわけだ。
 数分後、蛭間がやって来た。年層を思わせる「すたいる」だ。
「お早うございます先生。」
「おはようございます。今日は病院じゃありませんからきがるに名前で呼んで下さい。」僕がそう言うにもかかわらずこの日彼は終始「先生」と呼び続けた。
「先生、そちらのキレイな方は一体どなたですか?」
僕は桜木君に軽いアイコンタクトをして
「友達ですよ。ほら、せっかくの外出なのに男二人じゃ花がないと思ってね。名前は、えっと、……そう小野寺君です。」――― ちなみに「桜井君」でもよかったのだが、ここではウソ臭くなるからやめにした。
「初めまして小野寺さん、私は蛭間(ひるま)と言います。先生にいつもお世話になっている患者の一人でして……まぁ今日はよろしくお願いします。」
「初めましてオノデラでぇーっす、ヨロシクお願いしまぁーす!」
「して先生、今日はそこへ行きますか?」
「そうですねー、せっかく三人がいることですしここは一つ各人が一箇所づつ行きたい所を挙げるというのはどうですか?」
「さっすが先生だ、頭がキレるね!」
「じゃあアタシ焼肉!」思った以上に早かった。
「じゃあ俺はボッボーリングに行きたいな。何せこの年では恥ずかしくて行けないから、一度は行きたかったんだ。」
「阿部さんは?」
無難に食事と決めていた自分が浅はかだった。
「うん、じゃあ最後にカラオケに行こう。」
 初めに僕らが向かったのがボーリングだった。桜木君と僕が手取り足取り蛭間に教えて、それが時間を埋めてくれた。すっかり彼と桜木君も打ち解けた結果、僕の存在が薄くなったのは気のせいだろうか。一位桜木君、二位は僕、三位は蛭間だった。出来レースでも僕の頭の中では彼を最下位にするのは後々の展開に響くから、それだけは避けたかった。やはり、プラスでも、マイナスでも桜木君の役目は大きいか……。しかし彼はボーリングに感動したらしく、話が弾み、気付くとすでに桜木君希望の焼肉屋の中だった。
 僕は逃げなかった。蛭間が肉に反応して化けるであろうことから。歯車が噛み合っちまうと、事ってのは進むしかねぇんだよな。
「アタシ、タン塩、ロース、それからビビンバ!」
「おいおい小野寺君、そんなに食べて平気なのかい?」
「はい、平気ですよ!阿部さんのおごりですものネッ(笑)でぇー阿部さんと蛭間さんは?」
「じゃあ僕はクッパ、蛭間さんは?」
「冷麺で。」
「エッ?」
「えっ?」
「冷麺を下さい。」
「ハァー……」
「はぁー……」
「ほら、今日は暑いですものね。それにこの年で肉はあんまり食べづらくてね。」冷麺といった時の彼の冷ややかな表情と、暑さについての件(くだり)での赤く灯がともった表情の差には、僕の心も動揺した。なぜだか少し不安になった後、僅(わず)かに胸騒ぎがした。
 料理が全て出そろい、楽しい会食の予定だった。しかし、僕も桜木君も先程とは明らかに違う、彼の冷めた表情と態度に気付いた。と言うよりは気付かされたとでも言おうか、蛭間は下をうつむいて、麺をすすっている。一度も顔を上げようとはしない。次第に桜木君は肉に箸が走り出し、蛭間の息の根がスーッと絶えていく感じがした。僕は我慢できなかった。医者としての本能が発動し始め、彼に声をかけようとした。
「蛭間さ……」
「先生、ちょっとお手洗いに行ってきます。桜木さんすいませんね、失礼します。」と、一瞬だけ顔を上げ、ヨタヨタとトイレへと姿を消していった。 僕は何かを察した。
「桜木君、僕も焼肉を食べていいかい?なんだかお腹が空いてね。」
「いいですよ、もうジャンジャン食べましょう!」――― 早く肉を消したかった。彼の苦しみと、不安と一緒に。
「蛭間さんが戻ってきたらここを出よう。もう食べ終えたみたいだし、僕たちだけ食べているのも悪いだろう、足りないならまた今度連れてきてあげるから。ねっ。」
「ハァーイわかりました。」
さっさと平らげた僕らは、支払いを済ませそして蛭間を待った。
 少しフラついた足どりを隠すような、そんな無理につくった表情で彼が戻ってきた。さすがにこれには気付いたようで、桜木君も心配そうだ。僕はそっと彼の背中をさすってやり、行き先を映画館に変えた。別に見たい映画があったわけではないが、彼の体が心配だった。
 「小野寺さんはどんな映画が好きなんですか?」
「えーっと、やっぱり恋愛ものか学園ものかなぁー。」
「じゃあ決まりだね、今日はそうしよう。」
僕の右に蛭間が座り、左に桜木君を座らせた。映画が始まり、桜木君はそれに夢中で、僕は後で話のネタにしようぐらいの気持ちで、彼は無表情だった。半ば蛭間はウトウトと眠りだして、疲れているのが見てとれた。その頃には桜木君もすっかり映画に入り込み、僕はほんの僅かな時間だったが、肩の荷が降ろされて、やっと体が軽くなったようだった。
 無難に映画館を切り抜け、タクシーで桜木君を家まで送った後、車内の空気はなんだか寂しくなった。
「先生、今日は楽しかったよ、久しぶりに歩いたから少し疲れちまってよ、映画の途中で眠っちまってよ、俺としたことが情けねぇや、で、どんな内容の映画だったんですかい?」
「蛭間さん、」僕は彼の左腕をとり、脈を測った。
「やっぱり。食事の時、何があったんですか?あなたの中で、苦しかったでしょ、話を聞かせてください。」
「すいません、運転手さん、わりぃがここで停めてくれるかい。」蛭間は、病院のあの実験室で話しをすることを提案した。
 「先生、やっぱりあんたにはかなわねぇよ、騙し騙し上手くやったつもりだったが見抜いてたんだな。」――― 夜風が僕らの足どりをあざ笑うかのように、気持ち悪く服をこすり、ヒューッと高い音を立てて背中に当たってくる。
 「わざと焼屋は変更しませんでした。勿論、小野寺君が焼き肉屋へ行きたいと言ったのは正直、想定外でしたけれどもね。あなたを少し観察したいというのもあったんですよ。ほら、僕は医者だから。」
「先生……」――― 階段を降りてまた降りて、隅へ隅へと部屋を追いつめていく。
「さぁ着きました。」患者用の部屋に入り、僕らはあぐらをかいて地べたに座った。
「どうぞ。」
「フゥー……、どうにかなっちまいそうだった。吐き気がして、目がグルングルン回って、足にも力が入らなくてそれでも肉の臭いと焼ける音から、脳が想像し始めるからどうしようもなくて、苦しくて辛くて、もう限界で、あの場を外した。」空気を察して、僕は右手で彼の手を握ってやり、左手で背中をさすってやった。
「トイレでは、どうされましたか?落ち着いて話してください。誰もここへは来ませんから。」
「何がなんだかもう分からなかった。目の前が歪みだして、トイレの壁に何度ぶつかったことか、その時に僅かな芳香剤の香りが分かった。地面に這いつくばりながら必死で目指した。やっとの思いで手にしたそれは、爽やかなオレンジの香りだった。そして、そいつを一生懸命に吸った。何もかもを忘れるくらい、しばらくして気分が落ち着いてきて、手を洗うことにした。石鹸で洗った。それがなんだかー自分が救われるような気がしたんだ。気付くと、完全ではないけれども正気に戻っていた。」
「実は、僕もある程度の責任を感じています。正直なところ、あなたには感謝していますよ。では一つ質問です、今一番の願望は何ですか?」
「肉くれや先生。」
「では私は、観察室の方へ行きますね。」
「すまねぇなぁ。」
 また十㎏の肉を与えた。奴は喜ばしげに肉に喰らいつき、発狂し、走り回り、雄叫びを上げた。それから二時間ほどの間僕は奴の監察結果を基に、今後の計画を立てていた。その中で僕は思い切った決断をした。
「先生すまねぇ、またやっちまったようだな。情けねぇ、迷惑ばかりかけて本当申し訳ねぇな。」
「気にしないで下さい。それが私の仕事ですから。」僕は微笑みながら言ってやった。彼は下をうつむいて、発する言葉もないようだった。僕は彼の肩に手をやり、次の計画、いや最後の策として彼に以下のように告げた。無論、彼には実験のほんの一つに過ぎないと伝えた。
「蛭間さん、あなた本当にその病気を治したいと思っているんですよね?」
むっくりと顔を上げ
「勿論だよ、俺どんなことだってするぜ。」
「がまん、出来ますかねあなたに我慢が。」
「何を我慢するんだよ?」
「今の瞬間から『禁肉』、つまり肉を食べないで下さい。」
「先生、それどういうことだ一体?ここに来りゃぁ肉喰わしてくれんだろ?」
「ですから、まぁ早い話、もう限界だ、これ以上耐えれらねぇよっ!って思ったら速攻でここに来て下さい。ただし、何があってもこの実験室へ入ること、そして、肉は喰べないこと。ここへ来れば喰べられるんですから、肉が……。」
「よし分かった。俺、先生の言うことは聞くって約束したしな、何か先生にも考えがあるみたいだから、俺我慢するからな。」
「今日は疲れたでしょう、もうお帰りになって下さい。」
「おぅ、遅くまで付き合わせて悪かったな。」
「おやすみなさい。」
「おぅ、おやすみー。」
 蛭間が家に帰った後、僕は一人、観察室の机に向かった。
 翌日、いつも通りの桜木君の姿に心がおちついた。でも、あえて昨日のことを切り出すこことはしなかった。
「先生、おはようございます。今日は天気がいいから、診断もテキパキ行きましょうねっ!」 
「おはよう。そうだね、少しでも患者が減るといいね。」
「国見さん、お入り下さい。」
「先生お早うございます。気分の憂鬱が以前よりも軽くなった気がします。」
「はい、お早うございます。それは良かったです、続けられそうですか?」
「感情を文字にして書くと、心が少し救われた気がします。不思議ですよ。」
「必ず治る日が来ますから、それを信じて下さいね。」

「野田さん、お入り下さい。」
「初めましてよろしくお願いします。先生、実は最近になって仕事のストレスがたまってきて、それで何かいい発散法はないかと相談に来ました。」
「はじめまして、担当させていただく阿部です。そうですか、ではいくつか簡単な方法を教えましょう。『寝る』、『喰う』、『放つ』。この三つが分かりやすいかな。」
「えっ?」
「つまり、人間の三大欲を中心にしたストレス解消法ですよ、この三つの中であなたが一番楽に出来そうなのはどれですか?」
「まぁ、食べる事なら簡単そうですけど、」
「ではこうしましょう、次の診断までに気持ちが不安定になったり、ストレスを感じた時は、一番の好物で腹を満たして、そして眠ってみて下さい。落ち着いてきたら徐々に食べる量を減らしていきましょう。」
「はい、一応やってみます。」
「では次回、感想を聞かせて下さいね。それではお大事に。」
「ありがとうございました。失礼します。」

「美神さんお入り下さい。」
「コンニチワァー、先生、アタシの彼氏最近冷たくって、友達に相談してもしっくり来る答えが返って来ないしぃ、彼氏つきつめて嫌われたくないしぃ、それで来たってわけなのよネェー。」
「はい、こんにちは。そっか美神さん自身、何か自分に問題があるところはないのかな?」
「んーよくワカンナイけどぉ、なんか彼氏が距離置くようになったから、やっぱアタシに問題アリかなぁー。」
「深く考えすぎないで、もし自分が彼氏の立場だったら何を一番に彼女に求めるのかを考えてみるといいよ。そうだね、簡単に言うと人の傷みを解ろうとする姿勢とか、自分がされて嫌なことはしないとかかな。彼氏のこともっとよく理解しようとすると何かしら環境が変わってくるよ。」
「うん、ワカッタ!やってみるネッ!んじゃぁまったネェー!」
「お大事に。」
 午前中は五人の人間達と接した。しかし、なんだか医者というものはどういう実態であるかがさっぱり分からんな。
「桜木君、今日の昼ごはん食堂で一緒に食べないかい?」
「そうですね、先生と食べるのは久しぶりですねっ。」
僕はからあげと、桜木君は冷し中華を注文した。
「君、この仕事して何年目だっけ?」
「えっと、今年で三年目です。ここが初めての職場で、助手に就くのは阿部先生が初めてなんですよっ!」
「そうだったね、君は医者の実態についてどう考えるんだ?」
「んー、実態ねぇー、お医者さんて患者さんの病気を完治させることも大事だけど、それよりも患者さんに、病気に立ち向かえる勇気を与えることが大切だと思うのですよ。難しいことはまだよく分かんないけど、お医者さんて私が思うには『勇気委託者』なんですよね。」
「勇気委託者ねー、……桜木君、僕は勇気委託者として何点かな?」
「そうですねぇーから揚げくれたら答えますよっ(笑)」
「はいはい、どうぞ。で、何点だい?」
「五十点くらいかなぁ、先生が助手に相談してちゃぁーまだまだですよっ!」
「こらこら生意気言うんじゃないぞっ!」――― 僕は少し自分の気持ちに整理がついた気がした。爽やかな風がフゥーッと体を突き抜けた。
「午後も診断、頑張りましょうネッ!」
「頼むよ、生意気な看護師さん。」
「ハァーイ。」
 午後の診断が始まって、ずっと彼のことが頭を離れず、幾度か目の前の患者に対しての意識が欠落してしまっていた。
「次の方、お入り下さい。」
母親と、小学校低学年ほどの男の子が入ってきた。
「先生よろしくお願いします。実はうちの子、最近どういうわけか学校に行きたがらなくてね、どうして学校行かないの?って理由を聞いても答えないし、何か家庭に事情があるとも思えないし、今しっかり学校に行って基礎を身に付けないと、他の子達から遅れちゃうんじゃないかって心配で心配で、それでね先生、」
「お母さん、すいませんが少し席を外してもらえますか、明君と二人だけで話をさせてはいただけませんか?」
「先生がそういうのなら分かりました。」
「桜木君、お母さんを控え室に案内してあげて。」
母親の立った感情をなだめながら桜木君は退出した。
「さて、じゃあ何から話そうかな、明君は何が話したいのかな?」
「……」
「そうかー、初めて会う人にいきなり話すのはまだ難しいよね。じゃあ先生から話そう。僕は明君ぐらいの年の時にはいつも決まって親とケンカしてた。勿論勝てないって分かっていたけどね。でもそのうち、なんとかして勝ちたいと思うようになった。明君、僕が親に勝つためにしたことって一体なんだったか分かるかい?」
「……。」
「僕はね、とにかくたくさん勉強した。学校でも家でもね。でも、元々要領が悪くて不器用だったからね、一向に成績が上がんなかったんだ。でもね、そうしているうちにさ、なんだか自分の気持ちを外に出せるようになった。言葉として相手に気持ちを向けると、何か変化があったり不思議と相手も意識し始めるんだよ。」
「……先生、ぼくは、ぼくは、ぼくは、どうしたらいいの?」
「本を読んでみるといいよ。そうするとね、自然といろんな言葉の使い方を覚えて、自分の気持ちを話せるようになるし、それに学校の成績だって上がるんだよ!先生もそうだったからね。」
「うん、ぼく家に帰ったら本を読むよ、先生ありがとう!」
「今日は明君の悩み事が何なのかは聞かないよ、自分の気持ちを言葉に出来るようになってからまた来てね、約束だよ。」
「わかった、先生またね、バイバイ!」そう言ってチョコンと退出した。
「先生、明君、お母さんに本が欲しいって言っていましたよ。小さいのに偉いんですねぇー。」
「君も少しは本を読んだらどうだい、桜木君。」
「本なら読んでますよ。グルメ雑誌とか、ファッション雑誌とか……あっそうそう、先生今度、スパゲッティご馳走してくださいよっ!」
「本を読みなさい。」
 二日経っても蛭間は来ず、三日目になって僕が仕事を終え、診断室の明かりを消しかけたその時だった。ドアの外でドスンッという鈍い音がして、僕は気になって恐る恐る空けてみると、そこにはたった三日間で豹変してしまった蛭間が倒れていた。
「蛭間さん、蛭間さんっ!どうしたんですか一体!」
「せっ、せんせいのいうとおりおれ、やくそくまもったぜ、でももうげんかいだ、助けてくれ、おれをすくってくれ。」――― すっかり衰弱しきった彼の目に力はなかった。
「待っていて下さい、今すぐ実験室に行きましょう。」僕はそういうと、彼を背中に背負って実験室へと走った。
「にく、にく、にく、」
「蛭間さん、あなたは偉い人だ。よくここまで我慢しましたね、分かりました、約束通り肉を与えましょう。」
「ほんとうかいせんせい、」背中を通じて伝わってくる彼の生気が段々と弱まっていくのを感じた。これ以上話すと本当に終わってしまいそうだったから、とにかく無口のまま走った。
 実験室に着くと、すぐに彼を床に降ろして、僕は観察室へ向かった。
「蛭間さん起きてください!肉です、肉ですよっ!」
先程まで倒れていた蛭間の鼻が、ピクリゝと動いて両手の指先もかすかに意識を取り戻しつつあった。
「肉ですよ、肉、ほら肉ですよ蛭間さんっ!」
彼は目を開き。世界に焦点を合わせようとしている。すっかりやつれて、腕と顔の皮膚も所々めくれていて、いよいよ動物味が増していく。
「にく、ニク、ニク、」
「そうですよ肉ですよ、思う存分喰らって下さい。あなたはよく我慢した。さあ喰べなさい。」
両脚をついて下半身をツンと起こし、両腕をついて頭を低く下げ、それは丁度チータが獲物を狙うかのような姿勢に変化し始めた。
「いよいよだな。」
奴の目は以前のように紅く光り、ツメとキバがむき出しになって、腕の筋肉も隆々としてきて、ついに完成した!奴は目の前に置かれた五㎏の肉の塊をモノの数秒で片づけた。
「いいぞ、いいぞ、」
「ガルル、ガオー」と雄叫びを発し、部屋中を駆け回った。続いて十㎏の肉を投入、奴はいよいよ嬉しそうに肉をロックし、ガブガブと噛みついてみせた。今度は少し時間をかけて喰った。奴の皮膚一気に赤みとツヤが戻って来た。そして、もっとよこせと言わんばかりにこちらを睨みつけている。
 それから何分か肉を与えるのを中止して、監察した。どうやら奴は肉の投入口に目をつけ、そこから肉が出てくることを学習したらしく、しきりにそこをアタックする。
 またそこから何分か監察する。奴のアタックからおよそ十分後、あらたな兆候が見え始めた。奴は壁という壁に頭っからぶつかっていった。
「ついに始まったか。」
それから自分の姿が映った壁を睨んではアタックを繰り返し、徐々に体力を削っていった。
 数分後、肉の投入口の所へ来て、奴は倒れた。そして目を閉じ、眠りに落ちそうだった。そして僕は次の作戦に移ることにした。
 奴の目の前に肉を近づけ、気付く寸前で引っ込めるの繰り返しだ。奴も肉のにおいが気になって再び目を開けた。肉に喰らいつこうとした瞬間、スッとそれを引き戻す。数回これを繰り返してやった。」すると、奴は怒り狂い、叫んで、必死に肉を掴もうとした。ここで更に僕は次の作戦に出た。
 奴が肉の投入口から出て来た肉をついに捕まえて、でっかい口を開け、ガブッ……、奴は異変に気付いて、二、三度同じことを繰り返すが結果は皆同じで、喰らったはずの肉の感触、味覚が全て虚無なのだ。なぜなら奴の目の前に映るのは僕が造り出した「肉の像」であるからだ。
 そして今度はそれを部屋のあちこちに投影して見せた。奴の足下、頭上、部屋の隅に、口元。奴が像に噛みついてはそれが消え、消えてはまた新しい肉の像が造られる。
像、像、像、肉の像。像が生まれてまた消えて、
奴を仕舞には追い込んだ。部屋中肉の像で埋め尽くし、パチパチと一斉に消したりつけたりした。もうそうなるといよいよ奴は狂い出し、壁にアタックし^床お転げ周り、仕舞には自分姿が映った鏡にまで威嚇をし始めた。完全な怪獣と化した。そして僕は、部屋中に溢れかえった像と明かりを一斉に消した。「三、二、一」、明かりをつけると同時に奴の全身に肉の像を投影した。僕の目の前には紅い世界が広がった。
先程までの奴の殺気はスッと消えていた。見ているこちらも鳥肌が立つほど冷静に自身の肉をむしゃぶっている。噛みついては流れ出た血液をなめて、出血が飛び散り、骨から肉をはずしていく。血液が飛び散り、それをいとおしむかのように、なめていく。僕は肉の像の投影を辞めにした。あまりにも悲しすぎたから、自分をあんなに幸せそうに傷めつける動物が今まであっただろうか、時間とともに奴の目には光が失くなり、それでも肉を喰らうことを辞めない奴に、僕は生命の神秘を感じた。「サディズムとマゾヒズムの融合」己の意志で己の体一つを媒体としている。段々と薄くなり、空になっていく彼の姿を僕は涙を流しながらずっと見ていたんだ。本当に彼は満足そうな顔をしていた。僕は嬉しかった。何よりも彼との約束を守れたことが、彼を救えたことが―――
 それから数分後、僕の目の前で一つの生命の紅い紅い生涯が幕を降ろした。
「桜木君、しっかりと観察の記録は録ったね。」
「はい先生。」
桜木君と僕はそれからしばらくその場で泣き崩れた。  

 僕はあの時の彼の鮮やかな紅い表情を今も鮮明に覚えている。唯一最後まで残った頭。その表情にはもう欲望はなかった。なぜなら、彼はもう次の満足を得終えたのですから。

制作期間 二〇〇五/六/十四(火)~二〇〇五/九/十一(日)
編集期間 二〇〇五/九/十三(火)~二〇〇五/九/二十四(土)

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続きを読む "白の旋律〈白の光〉~旋律№14 肉~次の満足を得るために~~"

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白の旋律〈白の詩〉~ 旋律№13 スニーカーのままでいたい~

〈白の不変〉

旋律№13 スニーカーのままでいたい
                            白     
 
おやつに水筒、カメラに双眼鏡それにそれに、方位磁石にブッカブッカの帽子かぶって、影は踊り、跳ね、白く光り輝いて見える。
 
煙にまみれ、酒に酔い、「義務」のペットになった彼らは、今日も疲れるために進み、生きる意味を見失い、模索する能力も日に日に退化して、気付いた時には使い切れずに終わった金だけが残って、そして朽ち果てる。

 ぼくは、ぼくだけは、ずっとずっとスニーカーを履きつづけるんだ。
 スニーカーのままでいたいんだ。

誕生日 二〇〇五/五/二十六(木)
編集日 二〇〇五/五/三十(月)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№12 黒い鍵盤~

〈白の現実〉 

旋律№12 黒い鍵盤
                    白

 腹が減った。腹が減ったよ。
 それはね、自分の心の貧しさから来る一時の錯覚なんだよ。

 みなさん、友達をつくることは大切なことなんですよ。
先生、人間は必ず裏切るものだし、それに……友達は保存できない。

 洗濯したての真っ白いシャツが好き。
ワイシャツを自分の血で洗濯してみたんですよ。
それから、そのワイシャツ以外の衣類たちは、自然とスッと姿を消していきました。

 あなた、光が好きなんでしょ!?明るいところが好きなのよね!?
 それはね、自分の居場所が不安で不安で仕方ないからなのよ。君の居場所って一体どこなの!?ほら、不安になってきたでしょ。
 
 目をつぶって弾いてごらんなさい、ほら、それは何色の鍵盤?

誕生日 二〇〇五/五/十九(木)
編集日 二〇〇五/五/十九(木)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№10  単独パーティー~

〈白の一生〉           

 旋律№10  単独パーティー
                       白
 
 春の桜と入学式
  
 夏の波音と夏祭り
  
 秋のたき火と収穫祭
 
 冬の結晶と温かいシチュー

 きっと、死に際も独りなんだろうな

誕生日 二〇〇四/一二/八(水)
編集日 二〇〇五/一/六(木)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№9 おちこぼれ~

〈白の開放〉

 旋律№9 おちこぼれ
                   白
 さっき食べた魚の骨が、まだのどの奥で泳いでいる

 道端に落ちている枯れ葉さんたちがうらやましくて  

 歩いている自分の影から逃げるんだ

 今日を終わらせるために生きて、気がつくといつも明日になっている

 空気をむさぼり食うのが日々の日課になった

 夕日が沈むころ、ふと思う。今日僕は何回ため息をついたのだろう
 
 今日はもう帰ろう。床に就こう。

 今朝食べた魚の臭いが部屋中に充満していて不思議と僕は落ち着いたんだ
 
 十八歳の今。いつからだっけな僕が     になったのは。         

誕生日 二〇〇四/一二/七(火)
編集日 二〇〇五/一/六(木)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№8 背中~

〈白の裏側〉

旋律№8 背中
               白 

 自分の背中を見てみなさい。

 きっと、はがしたくなるよ。

 きっと、原液のままの漂白剤を塗りたくりたくなるわ。

 見られることに恐怖感を覚えるぞ。

 明日から服を脱げなくなるのよ。

 君の肉や骨が擦り切れるまでこすり続けるんだろうな。

 ぼくらの背中で生きているもう一人の自分。

 共に生きようゼ。不意打ちくらわねぇように気をつけな。

誕生日 二〇〇四/十二/一(水)
編集日 二〇〇四/十二/一(水)

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白の旋律〈白の詩〉~旋律№7  ぼくが俺と誓った日~

〈白の覚醒〉

旋律№7  ぼくが俺と誓った日 
                             白
                                   
ぼくが俺と誓った日。その日の空はくもり色

ぼくが俺と誓った日。ぼくは、一匹になりました

ぼくが俺と誓った日。それまであったはずの表情が、ちぎれてなくなりました

ぼくが俺と誓った日。忘れることを覚えました

ぼくが俺と誓った日。人間は、独りでも生きていけることを悟りました

ぼくが俺と誓った日。暗闇に向かって走り出せる勇気が心に灯りました

ぼくが俺と誓った日。ぼくが俺と誓った日、あの日、あの瞬間から涙は出なくなりました。

誕生日 二〇〇四/十一/一七(水)                
編集日 二〇〇四/一二/一(水)

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白の旋律〈白の光〉~旋律№6 タイトルa~

〈白の出会い〉

旋律№6 タイトルa
                                白
 

快晴の空を、真っ白い飛行機が一機だけ飛んでいました。その後には一本の白い飛行機雲。窓側の席だった僕は、その光景を左から右へと目で追っていました。
 しばらくして、その飛行機が視界から消えようとしたその時、僕の冴えない気分を一瞬で連れ去る衝撃的な出来事が起こったのです。
 飛行機雲を中心線として、それより下の空がはがれ落ちてしまったのです。例えて言うのなら、飛行機がハサミで空が画用紙。その空画用紙を飛行機バサミが真っ二つに切断してしまったのでした。数学なんかやってる場合じゃない、今すぐ行かなきゃ、はがれ落ちたあの空を僕が拾いに行くんだ!
 そう決めた時、僕は教室のドアを過去の光景と化し、呼び止める先生の声もまた、過去のノイズとして振り切っていたのでした。
 三階から二階へとそして一階へと会談を全速力で駆け下りた。時間にしてみれば、三階から一気に一階へと飛び降りたのと同じくらい早かったといえよう。回転している自分の足があまりに速かったので、自分のそれである感覚がほとんどなくなっていた。
 スニーカーに履き替え、いざ外にダッシュしようと体を反転させた瞬間、目にこびりついたのは、泥水を沸騰させたような色、赤サビを焦がしたような色、無数のカエルさんたちを一遍に地面に叩きつけたときに飛び散るあの内臓の破片と微妙に原形を残した死体。その他想像できるありとあらゆる汚い色、残酷な絵が下半分の空にありありと広がっていた。よりによって上半分の空が真っ青な晴天だけに下半分の空の醜さをより一層際立たせる結果となっている。アーメン。
 靴を履き替えたまでは良かったが、次に何をすればよいかなど、高校一年の僕の頭では毛頭考えられるはずもなく、他じっとあの飛行機を見つめていた。
 時間が経てば経つほど飛行機雲は長さを増し、おまけに消えない。長さを増せば増すほど空は切り取られ、下半分の空の面積は増える一方だ。焦りを隠せなかった。「チック、チック、チック」時計の秒針の音が手に取るように喚起され、平静を忘れ、自分で自分を追い詰めていた。
「あの飛行機の前進を阻むのが先か?」
「僕に扱うことが出来るのか?あれより早い乗り物を」
「あの飛行機が着陸するのを待って、それから考えるのか?」
「だめだ。時間がなさすぎる。それに空を飛ぶもの、どこに停まるのかなんて推測できっこないし、それにどうやって追うんだ?」
「いっそのことあの飛行機をぶっ壊すか?」
「それもだめだ。仮に壊せたとしても、あの飛行機雲は消えない……。」
「……消えない!?」そうかそれだっ!ずっとあの飛行機雲を飛行機の飛んでいる方向と逆に追っていけば、時間的制限、速度的規制をかなりの確率で受けずにすむ。目指すは飛行機の止まるゴールじゃない、あいつのスタートし始めたその地点だっ!
家に帰った僕は、必要なものを目に止まる順にバックの中へ次から次へと詰め込んでいった。その中身はざっと以下の通りである。

 それから台所へと降りて行き、戸棚をゴソゴソとあさって、カップ麺三つとお菓子を少々。それに朝食の残りの焼きそばをタッパに詰め替えてかばんに入れた。
 ふいに部屋の中をぐるりと見渡すとなぜだか少し寂しくなった。いつも見慣れていてそれ故にしっかりとは目に焼き付けていなかった風景。この時、とても懐かしい気持ちになったのは偶然でも、気のせいなんかでもない。この日を境にここには二度と戻ってこられない、そんな気がしてね。そんなことはないだろうけどね。でもね、さっきかばんに入れておいたあのカメラでこっそり一枚写真を撮っておいた。残りは六枚か。さあ出発だ!必ず僕が取り戻す、あの空を、我が青き胸に。
 家を出た僕は、鶏あいず飛行機雲を逆方向に追跡することにしてひたすら歩いた。歩いても歩いても一向に飛行機雲の切れ目は見えてこない。嫌気が差し、棒は思い切った決断に出た。「ヒッチハイク」。そう、少年なら誰しも一度は憧れるものだ。
 車道にギリギリまで近づき、うつむいて目を閉じ、ゴックンとのどを鳴らしてから一回深く深呼吸。その後ゆっくりと顔と左腕を同時に上げ始める。左腕をてっぺんまで突き上げる。「決まったゼ」心のなかで静かにそう呟き、口元に笑みを浮かべながらそっと目を開ける。
 すると、僕の目の前には既に一台の白いスポーツカーが止まっているだはないか!見れば運転手は二十歳か二十二、三の若い女。茶色に染めた肩までの髪と真っ白い肌、それに黒のタンクトップが抜群の色気を解き放っている。ずいぶん前から僕を見ていたような目でこっちをじっと見ている。
「あのっ!もしよろし」
 「いいわ。乗せていってあげる。っで、どこまで行きたいの?ヒマしてるから付き合ってあげるわよ」。と、僕が用件を話す前からこちらの考えていることを全て見通しているような、そんな雰囲気で話し出す。―――桜色の唇に僕の心は釘付けだった。
 「アタシの名前は『アンナ』アンタは?」
「ぼくの名前は『タカヒロ』です」 
「っで、どこまで行きたいのよアンタは?」
「行きたい所はまだ分からないんです。あの飛行機雲の始まりに向かって進もう
していたんです」
「はぁっ!?それどういうこと?最初からはなしてもらわないと、こっちとしても分んないよ」
――――、十五分くらいかけて事のあらすじを彼女に伝えた。
「へぇーアンタも変わった子だわねぇー。でもアンナもちょっとそれに興味持っちゃったから一緒に行ってもいいわよ」と笑顔で答える。とり合図これで交通手段の問題は解決されたわけだ。
 まあ、長くなるであろう旅を共にする仲なわけだから、多少は互いのことを知り合う必要があるな。僕は彼女にいろいろと質問してみた。僕の中での彼女のプロフィールはだいたい以下のようなものだ。

 僕が質問を終えると、今度は彼女が話し始めた。
「毎日毎日、客の髪切って、つまんない話にああいづち打って。結局形として残るものがないのよね。なんかそんな毎日がむなしくなってさ、それでなんかオモシロいことないかなぁーってドライブしてたらアンタを見つけたってわけよ。滅多にないもんね、はがれ落ちちゃった空を拾いに行くなんてことわさ」
 僕自身、彼女がパートナーになってくれて案外心強かった。それに、ありきたりな毎日に嫌気が差した者同志、仲間意識も芽生えたしね。
 それからしばらく、飛行機雲を追いかけ続けた。会話もはずみ、世界が危機に陥っていることをほんのわずかな時間だったが忘れることが出来た。結局、この日は一日中走り続けたが目的地には辿り着けずに終わった。あいにく僕たち二人の所持金は合計しても三千七百円そこらしかなかったのでこの日の夜は野宿した。
星がキレイな夜だった。虫さんたちのキーンと高い合唱が当たり一面に響き渡り、その音色をヒンヤリと冷たい風が遠くへ遠くへと運んでいく。
 「キレイな空ね」
「うん、そうだね」
「アンナ、こんなにキレイな空見たの何年ぶりかしらねぇ。これもアンタに出会えたからかもね。サンキュッ」
「ぼく、カメラ持ってきたから良かったら写真撮りませんか?」
「それイイねっ。それじゃ星空をバックにハイチーズ!」
―――― このとき僕の胸は熱くほてっていた。彼女とぴったりとくっついていたし、何しろ高一の少年にとって二十一歳の女性のタンクトップ姿はあまりにも刺激が強すぎた。そして僕は持参した寝袋で、彼女は車の中で寝ることにした。
彼女が寝たのを見計らい、僕はこっそりと彼女の寝顔をカメラにおさめた。暗闇にうっすらと光るあの飛行機雲をバックにね。残りの写真はあと四枚。今日は疲れ
たからもう寝よう。

 バタンッ。アンナが車のドアを閉める音で目を覚ました僕は、眠気まなこをこすりながら彼女の方へ目をやる。彼女は朝日の向かって立ち、天に向かって大きく伸びの運動をしている。アンナの体に光が当たり、体の線がくっきりと浮かび上がる。体からこぼれた光が目に差し込んできて実に美しい、改めて彼女の美しさに引きつけられた。
 朝食はというと、家を出る時に持ってきた焼きそばを二人で分けながら食べた。
「ねぇ、今日はどうしよっか」
「あっ、そうそう、ぼく方位磁石持ってきたんだ。あの飛行機雲、西に向かって進んでるみたいだ。」
「じゃあ、とり合図方位磁石便りに追いかけてみますかっ!」
 するとアンナは、あぐらをかいたままの姿勢でバサッと髪を後ろにはらい、左手首につけていた白いヘアゴムで髪を一つに縛る。しっとりと染まった薄い茶の髪に白いリングが良く生える。
 僕も急いで車に乗り、出発。車は西に向かってひたすら走る。東から昇る太陽から逃げるように西へと逃げる飛行機を追う。しばらく走り続けているうちにアンナが僕にこんな質問をした。
「ねぇ、仮にあの飛行機に追いついたとして、その後はどうするの?」
さすがに大人だけあって、現実的な質問をしてくる。しかし、ここで何の根拠も無く納得すらさせることも出来ない返答をしたのでは、車を停められるかもしれないし、そしたらここでアンナとも別れなければなくなる。僕は頭の中の従業員さんたちをフル動員させて話し合わせた。その結果……
「まずは、パイロットの顔をカメラに収めてそれから空の復元方法を尋ねるんだ。そして、元通りになった空をバックにまた写真を撮ろうよ」完璧だ!僕は思いのほか感情を上手く言葉に変換できて、なおかつ自分にしては「よくやった!」と思った。
 「それまでフィルム、無駄遣いするんじゃないわよ」アンナはそう言うと銀色に光るサングラスをかけ、アクセルを強く踏んだ。
 休まずに百キロ近いスピードで一時間近く走り続けたせいか、気がつくとあの飛行機の形がはっきりと肉眼で確認できるくらいにまで接近していた。
 「少し休もうよ」僕はアンナに声をかけた。運転はしたことが無いからその疲労の度合いは検討もつかないが、顔の表情が固まっている彼女を見てそれは察することができた。
「いいわっ、少し休もっか」
 近くの自動販売機で缶ジュースを二本勝って持ってきたスナック菓子を食べながら、今度は僕が話しかけてみる。
「ねぇ、休みはいつまでなの?仕事に戻らなくて平気なの?」
「まだあと一週間あるのよ。だから平気。アンタは学校に戻らなくていいの?いきなり飛び出してきちゃったんでしょっ!?」
「今は戻りたくない。アンナといたら学校のことなんかすっかり忘れてた。そのことは飛行機掴まえてから考えることにするよ」
「そっかぁ。それもいいかっもねっ。あーぁ、でもせめて、あの飛行機のパイロットの顔だけでも分かればねぇー。」
僕は思いついたようにかばんに手を伸ばし、「ジャジャーン」というかんじで双眼鏡
を取り出してやった。そして、飛行機にピントを合わせた。飛行機雲を徐々に辿って操縦席の方へ視界を移していく。一瞬行き過ぎて、サッともう一度素早く戻してみる。
……「いないっ!」僕は小声で呟いた。
「えっ?」アンナはジュースを飲みながら、幸いにも聞き取れていないようだった。
 操縦レバーを見ると、左右に自動で動いている。まるで二本の彼らが互いに意思を持っているかのごとく。僕は緊張と真実を隠すような口調で
「ヘルメットにゴーグルしてるからどんな顔してるかよくは分かんないけど、体は小柄で年はまだそんなにいってないってかんじかな」と、ごまかした。
「へぇーそうなんだぁー、早く実際に会ってみたいよねぇ」そうアンナは言うと、車へと歩いていった。
 この時、彼女に双眼鏡を貸してほしいと言われなかったのは、本当に奇跡的なことだったと今でもそう思える。それに、双眼鏡をかぶせていたことで僕の目に映る緊張を隠せたので実に助かった。何で真実を彼女に言わなかったのか?って?それは、
「彼女に余計なことを考えて欲しくなかったし、彼女が真実を知ったのなら一緒にいられる時間が減ると思ったんだ。アンナは一直線な正確だから、すぐに問題を解決しようとするだろうからね。僕はアンナに恋をしてしまっていたんだ。」
 それから更に車を飛ばして、飛行金真下にもぐりこむことが出来た。いよいよ掴まえることが出来る。そんな思いを二人で噛み締めている頃には、とっくに日が落ちていた。
 アンナは運転席を少し倒し、頭の後ろで手を組みながら、ホシ空なのかヒコウキ雲なのか、いずれにせよ夜空を見上げている。
「私達、またもとの他人同士になるのよね?」アンナの声色は僕が彼女と出会ってから聞いたことがないくらい物悲しげでした。
「えっ?」
「だって、事件が片付いたらまたもとの環境でタカヒロは高校生、アンナは美容師。なんかまた現実に戻っちゃうのかなぁーって思ってさ」
「ボクも同じこと考えてたんだ。実際、明日には飛行機掴まえられそうな気がするし、この事件が幕を閉じるのも時間の問題だろうしね。でもねっ、その先のことはまだわかんないや」
 その後、何分か二人の間には白い時間が流れたんだけど、嫌な沈黙とは異っていて全然心地良かったんだ。だからかもね、二人がその沈黙をすぐには破ろうとはしなかったのはさ。
 翌朝、僕が持ってきた水筒のお茶と、残りのカップラーメン一つを分け合って食べた。
「そのカバン、他には何が入っているの?」
「えーっと、……」一瞬僕ハッとした。持ってきた替えの下着を見られてしまった。正直恥ずかしかった。彼女はチャカスように僕をつついた後、
「そのウォークマン聞きながら行こうよっ♪」彼女は車のMD コンポにディスクを入れ換えるなり、大音量にしてクラッチを切った。
「ねぇ、これ大音量で聞くタイプの曲じゃないんだけど……」僕が話しかけると、
「♪ ♪ ♪」……聞こえていないらしい。まあ、たまにはこんな聞き方も良いのかもね「♪ ♪ ♪」
「ねぇ、ちょっと聞いているの?ねぇ、ねぇってば!」
「えっ!?なにっ?」
「何じゃないわよもー。こっちがさっきから話しかけてるんじゃないよー。」
僕はコンポの中で彼らが奏でる音色にすっかり我を忘れさせられていた。
「そろそろあの飛行機も見えてきたことだし、大体どの辺り目指してるのか分かってもいいんじゃない?」
「そうだなー、でも出発してからかなり走ってるし僕の見たことない風景ばかりだかりだから先に何があるかいまいち何があるか分かんないよ。」
 アンナはハンドルから右手を離し、ドアに付いてる収納ポケットから地図を取り出して見せた。右手から反対の手に素早く地図を持ち変え、僕に渡すと、得意そうに、
「アンナも少しは役に立つでしょ?ドライブ好きだけど、方向オンチだからそれがないとだめなのよね。(ウフッ)」僕はアンナに向かって無言で左手の親指を立てて、軽く微笑んで見せた。
 さっそく地図を広げ、方位磁石と出発地点を重ねながら慎重に指で辿る。どうやら僕らは八十キロ近く走っていたことが分かったし、この先には栄えた街とか土地があるわけでもなく、森がありその中に一つの工場があることが分かった。しかし、地図上の情報なので、その工場の大きさまでは分からない。
 その概要をアンナに伝えると、少し顔色の明度のが落ちたように見えたのは僕の考えすぎだったのかもしれない。やはり、終幕が降りることに彼女は少し抵抗を感じているらしい。
 さっと地図を素早くたたみ、僕は彼女の顔色を伺いながら「空」について話すことにした。
「あの空。本当に元に戻るのかなぁ?飛行機のパイロットを捕まえたとしてももしかしたらもう戻らないかもしれない。僕らがいつも見ている青い空は、表紙でしかなかったんだね。よりによって中身はひどく汚れてるしさ。でも、それが空の真実の姿だとしたら元に戻すことを少し疑っちゃうよね。偽ることが真実だなんてやっぱりおかしいよ」―――― アンナは先ほどよりも少し強くアクセルを踏んだ。そんなふうに僕には見えた。
 周りの風景に木や花が増えだし、僕らは森の中へと入った。工場らしきものが少しチラついて見えてきた頃、飛行機も徐々に低空飛行をし始めた。
 古ぼけた案内標識に「この先廃棄工場あり」文字みるみるうちに僕らと飛行機との距離が縮まっていくのが少し怖いくらいだった。
 やっと工場についた僕らは車から降りて中へと進もうとする。僕は怖がる感情を胸にギュッと押し込んで、アンナよりも先に歩いて男らしい姿を見せようとした。
 僕が最初の一歩を踏み出そうとしたとき、後ろから肩を包むやさしい感触。それは温かくて僕の縮こまったつまらない気持ちをスーッと開放してくれたんだ。肩の力がフッと抜け、僕の頬とアンナのそれは一つになっていた。
「ねぇ、写真撮ろうよ。」
 ――――そして、撮った写真は僕の後ろのアンナがいて、僕に寄りかかるようにその顔が僕のそれのすぐ近くにあった。アンナは僕にしっかりとしがみついて、その小さな顔に涙とそして、一生懸命な笑みを浮かべていた。それから僕らは自然と手をつないでいて同じ歩幅で歩いていた。
 この工場は二階建てで、その上に屋上があってどうやらそこに飛行機が着陸できるらしい。ホコリまみれで所々サビついたこの建物の見取り図に記されていた。
 最初の階段に向かう途中、目に付いたのは飛行機の部品と思われる羽やエンジン、それに窓や操縦レバー。どれもかなり古いものらしく、壊れたものがその大半を占めていた。
 一段ずつしっかりと階段を踏みしめながら二階へと着いた。どうやらこのフロアは、機会のパーツの収納室だったらしい。割と新しくて、使えそうなものや、その他にもパイロットのウェアやヘルメット、ゴーグルなどもあった。僕は何を想ったか、その中で一番にキレイそうなヘルメットとゴーグルを装着してみた。アンナはそれを見て、クスッと笑い、彼女もゴーグルを首にかけた。
 そして、僕らは手を強く握り合い屋上への一歩を踏み出した。すると、そこにはあの汚い空が僕らの頭に喰らいつかんばかりに間近に感じられた。
 辺りを見回すと、何機かのサビついた飛行機さんたちが腰を休めている。くたびれているらしい。でもすぐに奴を見つけることが出来た。
 先ほど着陸したせいかかすかなエンジン音とプロペラが徐々に速度を落としながら回転していた。僕は、もしアンナがこの飛行機にはパイロットいないことを知ったら、どんな顔をするのだろう、そしてなんて言葉をかけてあげたらたら良いのかと少し困った。
 アンナは僕の手を引くように飛行機の停まっている場所へと向かった。
「ねぇ、パイロットどんな顔してるのかなぁ?もし弱そうな奴だったら二人でボッコボッコにして写真撮ろうよ!そしたらアンナたちが世界を救ったことの証になるもんねっ!」
「そうだね……。」
「えーっとパイロットの奴、降りてどっかに行っちゃったのかなぁ?飛行機のなか見たんだけど、いないのよねぇー。おっかしいなぁー。」
「ねぇ、さっきからずっと考えてたんだけどさぁ、」
「うん」(アンナはこちらを見ずに適当な返事を返す)
「僕らでこの飛行機に乗って、辿ってきた道もどってみたら空が元に戻るんじゃないかって考えてみたんだ」
「へぇー、アンタも実は頭のイイ子なのかもね。アンナはパイロットを殴ることしか考えてなかったのよねぇー」
「ほら、飛行機が来た道を戻れば、最悪、空が元に戻らなくてもさ一緒にいられる理由になると思うし、空から空を見ればまた異なった解決策が浮かぶと思うんだ」
 アンナはニコッと微笑んでうなずいた。もちろん操縦はアンナなのだ。僕らはゴーグルを装着し、機体に乗り込むことにした僕が例によって助手席に乗ろうとしたとき、
「待って」アンナが呼び止める。
「せっかくだから写真撮ろうよ」
僕は今まで生きてきた中で一番の笑顔を出そうと決めたんだ。
「ハイチーズッ!」
――――その写真はなぜだか合成したみたいなかんじがあった。あれだけ汚い空を背景に二人の人間がはち切れんばかりの笑顔でハシャイデいる。人間て、どんなに恐くても、不安でも、泣きたくても、心に灯りが灯らなくても世界の終わりを告げられた時ってきっときっとこんな顔をしているんだろうな。僕はそう思った。その先の世界を楽しみたいから。
 操縦したことのない飛行機でもアンナはわずかな不安も顔に出すことなく、ぎこちないが操縦して見せた。
「やっぱり、空から見ると汚さが増して見えるのね。どう?はがれ落ちた空、元に戻ってる?」
「んー、まだ少ししか進んでないし、何しろ速度が速度だから変化してるようには見えないなー」
「そっか、じゃあもう少し進んで見よっか」
普通の人間なら、こんなに平然と言葉に出すことが出来ないんだろうな、闇に向かって進みながら、なおかつ扱ったことのないものを操縦する不安で押しつぶされるのが関の山だろうな。あらためてアンナの明るさを感じることが出来た。
 少しずつだが、操縦にも慣れてきたようだ、徐々に速度を上げ、僕も後ろを振り返ってみる。
「空、どうなってる?」
「状況はうまく説明できないけど、元に戻ってきてるから安心して」―――― 其の時の空はなんだか不思議でした。二つに切り離された空同士がファスナーで一つに繋がれていくような、針と糸で縫いつけられるように、目に追えるほどゆっくりと修復されていきました。彼女には操縦に集中してほしかったし、それに後から話す理由にもなりますしね。
 さっき通った道の上をなぞるような目で僕は下の世界に目をやった。
「焼きそば、おいしかったね。もっとカメラにフィルムがあったらな、お菓子だって食べ切れないほど持ってくればよかった。」
「写真、焼き増ししたら絶対にちょうだいねっ!忘れたくないんだ、この日のこと」
 僕が抜け出したあの学校。徐々に大きくなって視界に映り、そして入り込む。今日のこの時間は外で体育のはずなのに、グランドに色は無なく、一瞬通り過ぎる時に見えた教室にはあの数学教師と気持ちまでうつむいてしまった生徒たちの面が静止画として窓枠の中に押し込められている。でもね、みんな安心して、数分後に僕らが世界を空色に染めるんだから。
「ねぇ、あの道アンナたちが最初に出会った道よねぇ。なんかずいぶん懐かしいねっ。」
「僕たちってまだ出会って二、三日しか経ってないんだよね、嘘みたいだよ」
「まだ戻っていない汚い空の部分はどこまで続いているんだろうね」
「ずっとずっと終点が先ならいいのにな」、その時の僕は小声でつぶやいたんだ。
「えっ!?今なん言ったの?ぅんーまぁいっか」。あっ!あー、あっちゃっー……。」
「どうしたの!?」
「車よ、車!アンナの大事な車、あのボロ工場に置きっぱなしにしてきちゃった、どうしようー」
「後で一緒にとりに行けば。それにそれまでアンナと一緒にいられる理由になるしね」
「タカヒロ、今初めて『アンナ』って呼んでくれたね、うれしぃぞッ。そうね、タカヒロこれからもヨロシクネッ!」ゴーグルの下でパチッと光ったアンナの左目は僕の心に明かりを灯した。
 まぁ、こんなかんじであの日の思い出を書いてきたんだけど、実はねこの話、もう十年も前の話なんだ。なぜ今頃になって書いているのか?って?それはね、掃除をしていてふと一つの古ぼけたカメラと、二つのゴーグルが出てきたのさ。そう、あの時僕らの心を一つに溶かしてくれた大切なもの。そのカメラのフィルムが一枚だけ余っていた。それを見たらなんだかいても立ってもいられなくなってさ、それで書いてみたってわけよ。
「あなた、ご飯出来ましたよっ」
「ねぇ、写真撮ろうよっ!」
「うんっ!」

制作期間 二〇〇四/十一/七(日)~二〇〇五/一/二十七(木)
編集期間 二〇〇五/二/三(木)~二〇〇五/二/十五(火)

「へんな会社」のつくり方 Book 「へんな会社」のつくり方

著者:近藤 淳也
販売元:翔泳社
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白の旋律〈白の光〉~旋律№5「トス」~現実世界&裏world~~

〈白の輪廻〉

旋律№5「トス」~現実世界&裏world~
                             白

人間は、永遠に人間にしか生まれ変わらないと思うかい?君は、来世もまた人間に生まれてくる事が約束されていたなら、「現在」を一生懸命に生きる事が出来るかな?
 おそらく、そんな事が約束されても、本当に一生懸命に生きようとする事ができる人間は、本当に一握りに過ぎないだろう。それ以前は妄想の中でしか犯せなかった犯罪や、法によって罰せられる行いさえ来世もまた人間としての生が約束されていたら、果たしてそれらはどうなるのだろうか?裏と表が完全に引っくり
返り、不可能が可能になるよね。だってそうだろ、犯し放題犯罪を繰り返し、発狂するまで自己中心主義を貫いても捕まる前に自分の手でナイフを心臓に入れてやればいい。そうすれば、来世もまた人間として真っ白な生涯が一から始まるわけだ。誰一人として自分が前世極悪犯罪者であったことなど分る訳も無い。だって生まれ変わってしまえば顔、体型、性別、それに人種に至るまで前世のそれらとは全く異なっているのだからね。
この世界が悪事だらけにならないように無いように僕ら人間は誰一人として来世の事なんか絶対に分からない。分からないから今日も一生懸命になれるし、明日も頑張れる、昨日も全力で生き抜いて見せた。

「次の瞬間、たとえ死んでしまっても後悔しない人生を送ろう」
 
そう願う今日この頃です。

編集日 二〇〇六/二/八(水)

イントゥ・ザ・ブルー DVD イントゥ・ザ・ブルー

販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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白の旋律〈白の光〉~旋律№4 白信号~

〈白の世界〉

旋律№4 白信号
                                白

青色、赤色、そして黄色い色。最近まで僕はこの三色しかないと思って生活していました。浅はかでした。
 前進を許可しており、時には一歩踏み出すタイミングや歩幅を誤るだけで僕ら人間を窮地にすら追い込みせしめる。言わば、己の勇気の強靭さを試す、それが青色。「勇気の青」。
 青色とは反対に、前進を阻み、そして僕らの冷静さと忍耐力とを問う。それだけではない、自分の判断でその決まりを破ることだって可能だ。周囲に支障をきたさなければね。だが、自分の不適格な判断で過ちを犯せばそいつはただの犯罪者以外の何者でもない。もしも目の前が永遠に赤色だったのなら君はどこまで耐えられるかな?それが赤色。「自制の赤」。
 前の二つの仲を取り持ち、いつも彼らの間に挟まれて生活している。いうならば自動車のクラッチに相当する。僕らの目の前に彼が姿を現したとき、僕らは一瞬だけ天国と地獄の境界線上に立たされる。さあどっちだ!二つに一つ。進むか、それとも止まるか。それが黄色。「駆け引きの黄色」。
 浅はかでした。僕は浅はかな人間でした。僕は今の今まで彼の存在に気付くことすらできなかったのですから。
 僕ら人間は「絵」というものを描きます。今ここで、前に登場した三色を思い出して見ましょう。青、赤、そして黄色。この三色を使ってこの色と全く同じ色の画用紙に絵を描くことを想像してみてください。青色の画用紙に青色で空、赤色の画用紙に赤色でリンゴ、最後に黄色い画用紙に黄色で「黄色」の二文字。
 もうお分かりですか?どうです、あの色の画用紙が欲しくなってきたでしょう。彼ら三色は造られた色に過ぎないのです。その色単体では何をすることも出来やしない出来損ないのコピーなのです。
 青、赤、黄。いずれも着色され、染まってしまった色に過ぎない。画用紙が白色なのは青を青色に、赤を赤く、そして黄色を黄色く見せるためであって、絵を描く上で重要なことは、「何色で描くか」ではなく、「何色に描くか」ということだ。僕にそのことを気付かせてくれたのが「白」。あの日、僕は一人の信号機に出会いました。彼は白かった。

       1 
 「あー今日もよく頑張ったな。疲れた疲れた」。僕は車のドアを開けようと鍵を差し込みながらありふれたひとり言を心の中で呟く。
 順調に行けば家まではほんの十五分から二十分そこらで到着する。順調に行けば……。交通渋滞にでも巻き込まれればまた話しは別だがね。
 今日は少し混んでいるな。はて、この先で事故でもあったのかな?車は一向に進まないまま十分が経ち、二十分が過ぎていく。僕の横を手をつないだ親子が通り過ぎていく。自転車で並列走行し、汗と泥にまみれた野球少年たちが白い歯をこぼしながら通り過ぎていく。木で出来た杖だけを頼りに、ヨボヨボの足を必死に前へ前へと運びながら一人の老人が僕の横を追い抜いていく。散歩だろうか?
 まあ本来であれば自動車のほうが早いのに、あっさりと自転車や歩行者に抜かれてしまうときのあのどうしようもない不甲斐なさ。乗っている自分が非常に情けなく、恥ずかしく思える。マヌケダだ。
 時間は金では買えない。そう思った僕は、次の交差点を左折する決心をした。人間て迷路に立たされた時や、知らない場所から抜け出そうとする時ね、左折する習性があるんだってさ。ほら、陸上のトラック競技なんかは全て左折して走行するように出来ているよね。どっかの科学者が言ってたっけな。
 そんなことを考えているうちにその左折地点に到着することが出来た。左折した僕は、少し遠回りにはなるものの家路を急ぐ。次第に薄暗くなり始め、少し霧も出てきたようだ。軽い眠気が僕を襲ったが、もう少しで家に到着するので我慢することにした。
 次の角を右折すれば僕の家だ。そう思っていた僕の目に飛び込んできたものは、「この先五十メートル『白信号』あり」の標識。はて、あんな標識あったっけかな?『白信号』?僕は一体全体何のことやら分別がつかなかった。その後僕は、少しの間寝てしまっていたらしい。先ほどの眠気に負けてしまったせいである。
 むっくりと起き上がった僕の目の前には、例の『白信号』があった。見た目は普通の信号機と同じ。同じなのだが唯一異なっている点は三つともが白ランプなのだ。本来であれば青から黄色へ、黄色から赤へと繋がるはずのランプが左の白から真ん中の白へ、真ん中の白が消えると右の白がつき、それが消えるとまた左の白が光る。しばしその光景を寝起きのためかぼんやりと眺めていた僕は、その合図が意味することを考えていた。
 青は進め、赤は止まれ、黄色は自分で判断しろ。では白は?白は?白は……。白は自由だ。僕はひらめいたとともに眠気は一気に眠気は覚めた。白は自由、己の自由。ほんの一瞬、僕は嬉しさを口元に噛み締めた。
 自由というのは分かったが、次に自分はどちらに進むべきなのか、自由意外にこの信号が規制していることは無いのだろうか?「自由」であるように「規制」するとはおもしろいじゃないか。僕はいよいよ楽しくなった。
 とりあいず右左折、そして後退するのだけはやめようと決めた。なぜかって?こんな珍しいものの出会えることなんてもう二度とないかもしれないんだぜ。自分がこの経験をしたことを証にするためにも、直進してこの信号を通過するのがもっとな道だと思った。
 信号を追い越してやった僕は、ルーミラーでその姿を確認しようと目をやった。すると、どうしたことだろう。ほんの数秒前に通過したはずのあの信号がミラーに映っていないではないか!僕は正直焦った。そうか、僕はまだ寝ぼけていてスピードを出しすぎているんだな、だからすぐに追い越したものが見えなくなっているんだな、きっとそうに違いない。そう強く念じてスピードメーターに目をやる……。えっ?おい嘘だろ!何でだよ、一体何が起こっているんだよ!全てが分からなくなりました。スピードメーターの針は0km\hを指していたのです。そう、とっくにエンジンは止まっていたのです。

       2
 目の前には既に濃い霧が立ち込めていました。自分でもどこにいるかわからなくなった僕は車から降りて近くにいる人に道を聞こうと思ったのです。
 どっちに行ったらいいのかなあ。そう思いながら辺りを見回している僕の目にうっすらとですが、光っているところが一箇所だけあるのが確認できたのです。
 きっとあそこに建物があるに違いないと思った僕は、少し希望に満ちた足取りでその光の差すほうへと進む。しばらく歩いていい加減歩き疲れた僕は、「いつになったら着くんだよ」なんて愚痴をこぼし、うつむいた。そしてもう一度顔を上げた瞬間、台風のような豪風と人間の目には手におえないほど明るい光が僕を襲った。その一瞬、僕は気のせいかあの白信号が目に映った気がした。そして次の瞬間、世界は姿を変えていたのです。

       3
 その世界は全てが逆でした。
 木は下に向かって生え、色なんてそんな甘ったれたものここには存在しません。太陽は裏返しになったままなのです。
 魚が空を飛び、花たちがケラケラと笑う。
 空に向かって水が流れ、畑からは動物だって生まれ育つ。「日本人の種」、「豚の苗」。
 扉は次の空間への入り口ではなく、ここでは僕たちを中に閉じ込めておくためのもの。うかつにもそれを造ろうものならば、後々困るぜ。入り口が出来るのではなく、また一つ出口を失うんだから。
 周りを見回してみると点在するのは無数のテレビ。その中の一台に近づいてみる。すると、
『今日は、Ⅰ市のO氏とA氏が結婚するでしょう。N市では市民全員があの世行きになります。まもなく市民全員が殺し合いを始めます。その理由はその視に存在する二つの派閥のうちどちらに味方をするかという大変面白味の無いものです。初めは一対一で始まった口げんかが次第に輪を広げ、姉妹には市民全員を巻き込んだ戦争へと発展。数時間のうちに約七万人が死ぬ模様です。次に、歌手で人気絶頂のSさに五年後の今日、女の子の赤ちゃんが誕生します。Sさんの娘さんもSさんと同じように人気歌手として一世を風靡(ふうび)します。それではまた明日、ごきげんよう、失礼します。』。「天気予報」ならぬ「未来予報」らしい。この時間になるとそこらじゅうに人や植物やその他の動物の山ができる。みなテレビの前に集まり、」自分のことが予報されやしまいかと気が気でいられないのだ。
 予報が終わると一方では歓喜の雄叫び、片一方ではため息まみれの失望の声。見ないでおこう。次は絶対に見るもんか、僕は誓った。 

       4
 腹が減った。本来であれば今頃とっくに家に着いて晩飯にありついているはずだったんだ。どこか飯を食えるところでもないかと僕はまた歩いた。
 「白屋」。その暖簾を見、いい臭いが僕の臭覚を刺激したときには僕の右腕はその暖簾を払いのけていた。もちろん先ほど記した理由でドアは無い。地面に二本突き刺した棒に暖簾を通した棒がかかっている。言わば洗濯竿に近いな。
パサッと僕が暖簾をくぐると、例によって「いらっしゃいませ」の一言。しかしそこは普通の店とは異なる点がいくつかあった。店長は人間だが、店員は若いタヌキとブタ。そしてレジには、年季の入ったでかいソロバンを片手に老眼鏡をかけた老婆の亀。これだけでも十分オカシナ空間だがまだあるぞ。客を見てみると人間と人間と……ブタとウサギ!?実に驚いた。しかしここでその驚きを表情として出してしまったら僕がよそ者であることがばれてしまう。 
 ブタはチキンカツを貪(むさぼ)っていたし、ウサギはというと野菜炒めに舌鼓を(したつづみ)打っていた。この世界ではこれが普通なんだ。僕は自分にそう言い聞かせると平静を装い、無難にラーメンと餃子を注文した。
 僕が入ったところで店の外には「ただいま満席です」の看板が立てられた。店内にはテレビの声だけが誰に聞かれるとも無く上滑り状態で流れ続け、静かな空気店の中を満たした。
 店員はというと、店長は煙草を吸いながらテレビに顔を向け、時折新聞に目をやっている。若いタヌキとブタは料理の仕込やら掃除やらで大忙しだ。実に良く働く。タヌキそばと焼き豚にしたらどんなにうまかろう。僕は口元に微笑を浮かべながらそんなことを考えていた。レジに座っている老婆亀はというと店の売上帳と例の年期の入ったデカソロバンをしっかりと握りしめてうとうとと昼寝をしている。
 店長が新聞のページをめくったとほぼ同時に店に客が来たようだ。タヌキが「お客様すみませんがただいま満席……」と言い終らないうちにその客は左手の掌をそっとタヌキの方へと向け、話をストップさせ得意気に「合席でケッコウ。」と一言だけ言い放ち、すかさずブタが「では、お客様の中で合席をなされてもよろしい方はおりますか?」とキョロキョロ辺りを見渡す。人間二人は見向きもしないないし、ウサギはというと野菜炒めに夢中だし、僕はさすがに合席だけはごめんだ。まだどんな場所かも分からないのに、知らぬ奴と合席なんか論外だ。するともう一人の客のブタはそんな冷たい僕らを尻目にこころよく合席をOK
した。するとその客はスタスタと席まで歩く。ブタに軽く礼をし、料理を注文した。
 テンガロンハットをとり、料理を待っていたその客の下に注文したそれが届いた。届いたのは「カツ丼」。合席をしていたブタは一気に不機嫌そうになった。するとその客は高飛車な高音ボイスで、「うん、実にウマイ!やっぱり豚に限るな豚に。」と実に上機嫌だ。するとブタの怒りはMAXに達し、あるのかそれとも無いのか分からないくらいに細かった目を一杯に開き、ものすごい声で一言、「あーウマイな、このチキンカツは実にうまい。やっぱり喰らうなら鶏の肉に限るな鶏の肉に。」と大声に笑いをこめて放つ。すると先ほどまで上機嫌だった鶏、そう客の正体は鶏だったのだ。
 その鶏の表情は一気に沸騰し、カンカンのプンプンに煮えたぎり、テーブルを両羽根でパンッと叩くなり、「冗談じゃないぞ、お前みたいなブタなんかに鶏肉を喰う資格などないんだぞ」。それに対しブタが「お前みたいな鶏ごときにブタの美味さなんか分からないんだから食う意味なんてないぞ」。と負けずに返す。店員のタヌキとブタが止めに入るが焼け石に水だ。店長は一向に表情を変えずにどっかりと腰を下ろしている。……「カチャッ」。その音はソロバンの目同士がぶつかり合ってなる音だった。
 先ほどまで寝ていたカメ婆がゆっくりと起き上がると、そそくさとケンカ中の両者の席へと歩み寄り、鋭い目で一言、「ジャンケンしな」。「エッ?」と周囲の空気が凍りつく。「公平なジャンケンなら文句も出なかろう」。そう言い残すと振り返るなりまたレジへと向かい、ウトウトと夢の中へ……。
 さっきまで熱かったブタと鶏はそれに合意し、せーのでジャン、ケン、ポン!……。言わなくても結果は分かるよね。結果はやるまでもなく最初から決まっていて勝者はブタ。鶏は掌が羽根だからパーしか出せないし、ブタに至ってはヒヅメしか持ち合わせていないため、当然出せるのはチョキの一つだけである。よって勝者はブタ。ブタは勝ち誇った顔をで料理を楽しみ、鶏はと言うと泣きっ面で早食いし、さっさと店を後にした。
 あっ、そうそう一つ言い忘れていたが先ほどあのカメ婆が振り返ったほんの一瞬、口元に微笑が浮かんだように見えた。彼女には全て分かっていたのだろう。エクセレント!本当はこの店の店長は彼女なのかもしれないな。実に良質のドラマを見させてもらったよ。
 「ドシン!」。となにやら重く大きな音。見るとのろまでドンくさそうな牛。僕はさっと席を立つなり精算を済ませ店を出た。一瞬振り返りニヤついた僕はあのカメ婆に視線を向けた。すると彼女はほんの数秒目を開け僕にパチンとウィンクをしてまた夢の中へ……。
 僕はまた歩き出す。この世界、なんかおもしろそうだ。

       5
 しかしこの世界は実に新鮮だ。目に飛び込んでくる数々の光景が全て楽しい。さっき僕が記した、「水の逆上」や「人間の種」以外にも目にとまるものは他にもたくさんあった。
 人間たちに混じって他の動物さんたちがオリンピック競技に参加している。チームイルカのシンクロナイズドスイミングは息が合っていて実に美しかったし、人間とサルの混合チームで行われていた野球も見ごたえがあった。
 植物では桜のつぼみからウグイスのヒナが生まれホーホケキョ♪そうかと思えばこっでは梨やオレンジの果実の木々が自分の手で自らの実をもぎとり、うまそうに頬張っている。
 この世界は自由だ。全てが自由だ……。待てよ!?そうか自由なんだ。なんでもありってわけか。ならば今僕の頭で考えたものを、望みを実際に具現化できるやもしれぬぞ。
 よしやってみよう。……そうだ、さっきの梨の木の果実とオレンジの木の果実
をそれぞれ半々の割合で融合した新しい果実を今から目の前に具現化してみようではないか。ただ出してしまうのも平凡でつまらないから何かオリジナルの呪文を考えよう。……よし決めた、「トス」、「トス」にしよう。(というのもなんとなく長ったらしい名前にするのがメンドくさく、とっさに頭に浮かんだのがこの二文字だった成功か失敗か、あのコイントスのようにね)
 せーの、「トス!」全身の力を込め具現化してみた。すると見事に想像どうりの物が現れた。名付けて「オレンピアの実」。いいぞ、オレンジの酸味と梨の甘みがベストマッチだ。次は焼肉にしよう。デカイ一枚肉の右半分はカルビ、そして左半分はロース。名付けて「カルロス」。そうそうホットプレートも出さなくちゃ。こちらもやはり大成功だ。それからいろいろと試したがほとんどが成功した。しかし、さすがに飽きてきたな。この世界も楽しいがやはり元の世界に戻りたくなった。
 よし、最後の具現化は元の世界生きの直通ノンストップバスにしよう。なぜ目の前に元の世界を具現化しないのかって?さすがそれでは面白味がないだろ。最後にこの世界を眺めて、記憶に焼き付けてから終わりたかったんだ。こんな体験二度と出来っこないだろうからね。
 フカフカのシートに、明るい性格の運転手とそれに綺麗なバスガイド。この条件で具現化してみよう。……「トスッ!」。バスに乗った僕は運転手にこう注文した。「白信号へ連れて行って。僕をあの最初の白信号へ連れていってください。一番楽しい経路で」。僕はそう言うと初めから終わりまでずっと窓の外の風景をずっと楽しんでいた。
 おや、あの料理店、今度はエビと鯛がケンカをしているぞ。カメ婆のやつ、今度はどうやって治めるつもりかしらね。桜のつぼみから生まれたウグイスは立派に成長し、キレイな声を響かせ、あのオレンジの木と梨の木は結婚したらしい。二人の間には僕が具現化したあのオレンピアの実をつけた小さな木が実物として立っていた。きっと彼らの子供だろう。その証拠にまだ実も小さくて食べるには早そうだ。
 そんなこんなで僕はこの世界をしっかりと楽しんだってわけさ。そしてあの白信号に到着した僕は、運転手とバスガイドに礼を言い最後にもう一度あの呪文を唱えたんだ。……「トスッ!」。白信号を軽くなでて、僕は目をつぶり息を一杯に腹へと送り込み、白世界と現実世界の境界線を跨(また)いだ。腹に送り込んだ息を吐かない限り、あの世界の空気は僕の中にある。
 その日、僕は家に帰るなりベッドに崩れ落ちるように眠りに落ちた。右手にはオレンピアの実を一つと、左手には……左手には、白世界行きのバスの乗車券を一枚、しっかりと握りしめてね。

制作期間  二〇〇四/十/二十(火)~二〇〇四/十/二十四(日)
編集完了日 二〇〇四/十/二十七(水)

Nana (15) Book Nana (15)

著者:矢沢 あい
販売元:集英社
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白の旋律〈白の光〉~旋律№2 ある家族の一日~

〈白のレポート〉      

旋律№2 ある家族の一日
                                白

幸福な家庭はどこもかしこも似たりよったりだが、不幸な家庭はいずこも異なったところがあるものだ。今日は、そんな後者の一日を僕が透明人間となり、命がけで実況中継したいと思います。さぁ始めよう!舞台は早朝のリビング。太陽さん(San)が一番乗りで目を覚まし、ヒンヤリと冷たい空気が始まりの香りを運んで来る。
午前五時、「朝です朝です起きてください!」と、目覚まし時計君の第一声。すると妻が週の半ばだというのに割りかし生気に満ち溢れた顔で目覚めたようだ。そして、慣れた手つきで無駄な動作一つ無く着替えと(あっ、ご心配なく。いくら僕が透明人間だからとはいえ、女性の着替えを覗こうなんて事は百回に一回くらいしかしませんから、ちゃんと背を向けて目をつぶっていましたから御安心あれ。)洗顔を済ませ、エプロンを付けて料理を始めた。 
この家の住人は僕が見た限りでは夫と妻の二人。しかし、朝食は三人分、弁当に至っては二人分作られているのだ。はて、一体どうしたものか?万が一僕が寝ぼけていないか確認の意味で目をこすってみる。しかし、やはり状況に変化は無い。どうやらもう少し観察して見る必要がありそうだぞ。僕がそんなことを考えているうちに妻に起こされ、夫が眠そうにリビングへとやって来た。
「おはよう。」と、夫が一言。それに対し妻はこちらに体を向けてはいるものの「:::。」さほど気にする様子もなく夫は朝食を食べ始める。すると妻が、用意されていたもう一つの朝食の前に一つのコップを置いた。白くて小さくて子熊の絵がプリントされている、言わば一般的な子供用のコップだ。そして妻はコップの置いてある隣の席へと座り、調度、夫と向き合う形で朝食をとり始めた。
 「カツンッ、カツンッ」。退屈だった僕の気持ちを引き付けたのは、スプーンが食器と接するときに生じるあの音だった。その持ち主は妻。不器用ではあるが何とか朝食を口へと運んでいるようだ。きっと身体に障害を抱えているのだろう、初めはそれくらいにしか考えていなかった。しかし、次の瞬間、妻がとった行動に僕は唖然とさせられてしまった。彼女は、子熊さんコップの前に用意された朝食に不慣れな手つきでスプーンを伸ばしたかと思うと、ナント、ナント、その朝食の一品である目玉焼き(の様なもの)にスプーンを入れ、そのままそれを子熊さんコップへと移し替えたではないかっ!夫はというと一、二度それを横目で見てはいたものの何事も無かったような顔で、またパクパクと朝食を口へと運ぶ。その後も妻はおかずを次々とコップへと詰め込む。ついにはコップからおかずが溢れる始末だ。さすがの夫も見るに見かねて妻の腕をつかみ左右に首を振る。すると妻は少し物寂しげな目をした後、自分の食事へと戻る。
食事を済ませた夫は、妻の方を向いて「ごちそうさまでした。」と一言。すると妻は何秒間か夫の方をじっと見つめた後、何かを悟ったのか首を一回たてに振った。諸君はお気づきであろうか?夫婦であるにもかかわらず、彼らが全く会話をしていないことを。そして知りたくはないだろうか?明らかに不可思議な行動をとっている妻の正体を。子熊さんコップの意味を。
今、僕の手元には一枚の資料がある。この家族についてあらかじめ僕がこの近所の人々や、彼らの知人に聞き込みをしたその資料である。それにはこう書かれている。
 僕は、一週間ほど前に夫の友人の一人との接触を試みた。ぼくが彼ら夫婦が結婚するに至ったいきさつを尋ねるとその友人はこう答えた。
「ある日、彼が仕事を終えて、いつものように帰宅しようとしていたんだって。時刻は、え~っと確か夜の十時半過ぎだったかな。自宅前の横断歩道を渡ろうとして信号が青に変わるのを待つとも無く待っていたんだって。すると後ろから人の気配がして次の瞬間その気配は自分を追い越し赤信号の横断歩道へとまっしぐら。見ると自分と同じくらいの二十代後半の女性。彼には彼女が自殺を試みている人間に見えたらしい。間一髪、彼女が車と接触する寸前で彼が強引に引っ張り歩道へと連れ戻したんだってさ。それからというもの彼女は彼のそばを一時たりとも離れないようになったそうだ。」その後、色々と彼は僕の質問に嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。そして話も終盤に差し掛かったころ、先ほどまでとは比べ物にならないほど彼の表情と雰囲気が引き締まり、彼は周りを警戒するような目つきで見渡した後、僕に手招きをして小声でそっと耳打ちをした。
「あいつの奥さんは〇〇〇でね、あのコップ、実はあの家の□□なんだよ。絶対に秘密ですよ、秘密ですからね、僕が言ったなんて言わないで下さいよ!」そう言い終えると、その友人は残っていたアイスティーをグイッと飲みほし、キョロキョロと挙動不審に辺りを見回し、そして小走りで喫茶店を後にした。
彼らの秘密はおいおい明かして行くとして話を元に戻すとしよう。出勤の仕度を終えた夫は、そそくさと家を後にする。家に残ったのは妻とあの子熊さんコップだけ。妻は食事の後片付けを始めた。次々と食器を洗い上げ、最後に残ったのはあのコップ。かなり丁寧に洗っているようだ、「ゴシゴシ、ゴシゴシ、ジャー」洗い流して終わりかと思った。すると次の瞬間また、「ゴシゴシ、ゴシゴシ、ジャー」そしてまた「ゴシゴシ、ゴシゴシ、ジャー」その後もこの動作が永遠と続いた。結局たったコップひとつを洗い上げるのに妻は二十分以上を費やした。それから妻は掃除をするにも洗濯をするにもエプロンのポケットにコップを入れ、それはもう大事そうに持ち歩いた。
昼食時になり、妻は準備に入る。僕としてはおそらく今、夫が食べているであろう妻の作った弁当を見てみたいが、やはり妻の行動に興味があるのでここにいることにしよう。妻はリビングを出たかと思うと、自分の部屋へと向かいなにやら押入れの奥をゴソゴソとあさり、また戻ってきた。妻の手には全て銀色で統一されたジュースの缶のようなもの。しかしなにやら材質が僕の見たことの無いようなものであった。キラキラとまばゆい光を放ち、見ている側をその中に引き込もうとしているような雰囲気をかもし出している。軽く触れてみるとヒンヤリと冷たくて、持ってみるとすごく軽かった。妻はそれから中身を取り出した。四角くて小さな立方体のようなものが妻の口へと入っていく。色はというと、ほぼ透明に近かった。だが妻のエプロンの色と重なり、かろうじて認識することが出来た。妻はそれを二、三個食べたかと思うと蓋を閉めようとした。あわてて僕もその一つを取り出し、恐る恐る口に入れてみたのだ。すると「ハクッ」今まで経験したことの無い歯ごたえとそれに続いて口の中に残った薄い薄い金属のような味。それ意外に別段変わったところなどはなかった。問題はどうして妻の昼食がこんなもの二、三個だけ立ったのかということだ。見ている限りこの家は食に困るほど貧乏には見えない。そう思っていたその時である、先ほどまでは正常だった僕の腹がみるみるうちに膨れてきて一気に満腹状態になった。きっとあの缶の中身を食べたせいだろう。一つでこんなにも満腹感を得ることのできる物を妻は二、三個も食べていた。諸君も彼女の正体が気になりだしていることだろう。では、そろそろお話しするとしよう。
先ほどまで読者諸君にこの家族の秘密を打ちあけなかったのは、夫の友人である彼に堅く堅く口止めされていたからである。しかし、僕にもついに限界が来た。あの家族の秘密を誰かに話さなくては神経がおかしくなりそうなのである。あの家族は恐ろしい:::。
では、一つ一つ順を追って彼らの秘密をお教えしよう。まずは夫の友人との会話を思い出してほしい。実は彼はこう言っていたのである。
「あいつの奥さんは宇宙人でね、あのコップ、実はあの家の息子なんだよ:::」
話が非現実過ぎて理解しがたいと思っている諸君に分かりやすく説明しよう。まずあの家族構成からだ。夫は地球人、妻は宇宙人、そして息子はコップ。これで少しは話がつながったかな?では次になぜ息子がコップかということをご説明しよう。そもそもの理由は夫と妻が出会ったあの横断歩道だ。あの後夫は自殺を試みようとしているように見えた彼女を落ち着かせようと目の前の自宅へと連れて行き一杯の「水」を与えた。それもたまたま一番近くにあったあのコップで。後から分かったことだがあのコップは夫が小さい頃から愛用していたものだそうだ。それ以来妻はそのコップを片時も離さなくなったそうだ。だが彼女は宇宙人であるが故に地球のコップの使い道をいまいち知らない。そして彼女は宇宙人であるが故に寿命が長い。このコップを大切にし続ければいつかは姿が変わり、実際の子供同様になると考えているらしい。だから先ほどお伝えしたようなことをコップに対してしていたというわけだ。始めのうちは夫も説明したり、ジェスチャーしたりして行いが間違っていることを妻に理解させようとした。しかし、彼女はアメリカ人でもフランス人でもなくなく宇宙人だ。言語以前に、そのジェスチャーの意味することすら知らないのだ
 そして先ほど妻が食べていたのは実は宇宙食。僕が一粒食べただけで満腹になったのはそれが腹の中で何十倍にも膨れ上がる性質を持っていたからである。注目すべきは彼女が作った今朝の朝食だ。諸君は覚えているだろうか?先ほど僕がこう記したことを、「目玉焼き(の様なもの)……」と。そうあれは、卵の黄身と白身がグチャグチャに混ざり合ったものをフライパンで焼き付けただけのものだった。なんとも形容しがたかったので「目玉焼き(の様なもの)」と記しておいたのだ。料理といえばもう一つ。そう、夫のあの弁当だ。僕はしっかりと見ていたぞ、妻は弁当の中に宇宙食三粒とあの目玉焼きのようなもの一枚を入れていた。当然のことながら夫の昼食はいつも決まってそれだ。妻はそれしか地球食の作り方を知らないのだから。夫が日に日に衰弱してきているように見えると、近所の人たちが言っていたのもそのせいだろう。
 妻は昼食後もずっとコップを眺めていた。タオルで磨いたりまた何度も洗ったりしていた。やがて日が沈み夫が帰宅。食卓に用意されていたのはやはりあの二品だ。夫はもうあきれているのか疲れているのか何一つ言葉を発しない。しかし飯を食べている夫の様子がなにやらおかしい。夫はうつむきながら何か小声でつぶやいている。「も…く…だ…」。すると妻がその声に気づいたのか顔を夫の方に向ける。続いて夫がゆっくりと顔を上げ、血走った目で妻の目を凝視して今度は鼓膜が破裂せんばかりの大声で「もうたくさんだっ!」と一言。そして妻の横にある子熊さんコップを奪い去り蛇口へと一目散に走ったかと思うと溢れるまで「水」をくみ、迷うことなく妻の頭に水をゆっくりとたらし始めた。水は妻の頭から額を伝い鼻筋に沿って徐々に下降し、頬をなで、顎から首筋に向かうころには一瞬だけキラキラと小さな光を残し、消えてなくなっていた。そして夫はもう一度蛇口へと向かい、コップに水を入れ、妻の前に立ちこう一言いった。「いい、お前よく見ていろよ。これはコップで本当の使い方はこうだからな」こう言うと夫はコップを口にあてがい、ゆっくりとコップを傾けだした。「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、」夫のたくましいのど仏がまるで別の生き物見たくゆっくりと上下運動を繰り返している。夫の体の細胞の隅々まで冷たく冷えた「水」が染み渡っていく。こめかみからは一筋の汗が流れた。しばらく夫の動作を見ていると僕はある異変に気づいたのである。先ほどまでとは比べ物にならないくらい夫の顔には赤みが出てきて、生気に満ち溢れているではないか!夫はやっとコップの水をすべて飲み干すと、額からは汗が、目からは大粒の涙が落ちては流れ、流れては落ちて止むことは無かった。そして一言こう付け加えた。「星に帰ってくれないか。」そう言うと夫はコップを妻の手の中にそっと入れて、視線をコップからに徐々に妻の顔へと上げていき、妻と目が合った瞬間、ほんの二、三秒優しく手を握り向きを変えるとそのままリビングを後にした。妻はそのまましばらくその場に立ちすくみ呆然としていた。 
 「キィーガチャン。」静かにその音がすると、妻はすべてを悟ったのか目からはキラキラ光る涙が流れた。「ピチャッ」。その一粒が手の中のコップに落ちてはじけた。続けて「ピチャッ、ピチャッ」と二粒、三粒。止まることなく十分たった今も勢いは衰えることなく流れ続け、しまいにはコップから涙が溢れ出てしまった。妻は先ほど夫がした夫がようにコップの中の涙(水)をゆっくりと飲み干した。すると妻の顔には生物らしい活き活きとした生気と幸せそうな微笑が浮かんだ。テーブルの上におかれたあの子熊さんコップはというと、溢れる際にその表面に付いた涙の粒がキラリと光り、子熊さんは何か使命を果たし終えたたような安心感を顔に浮かべているように思えた。僕も一件落着してさあ帰ろうとしたそのときっ!妻がこちら側を驚いたような、そして一歩二歩後ずさりしながら少し怯えたような表情で見ているではないか。僕は夫が先ほどのことを謝りに帰ってきたのだろうと思い振り返ってみるがそこに彼はいないし、別段変わったところなど一つも無い。不意にコップへと目をやると僕は事態のすべてを察した。コップの表面に付いた水滴。そう、あの水滴に映っていたのはなんと僕の裸体ではないかっ!あわてて僕は部屋の壁掛け時計を見る。すると秒針が深夜十二時をほんの二十秒ほど追い越していた。「…しまった」。僕としたことがあの友人との約束を忘れていた。透明人間になれるのは一日だけ。その約束だった。人妻の目に映る裸体の男……。この後の状況は溢れんばかりに豊かな諸君の想像力にお任せするとしよう。ん?なにっ?「その先を教えろ」って?「謎が残りすぎているじゃないか」って?……ぅんー、それじゃあいくつかヒントをお与えしよう。
① その後、妻と夫は正式に離婚をした。コップは妻の下へ。 
② しかし二人は一週間に一度は会っている。あの横断歩道で。 
③ その現場を僕はこっそりと毎週見に行っている。まだ何かある、そんな気がしてね。
④ 僕が透明人間になれたのは夫の友人からその薬をもらったからだ。その薬は彼が夫からもらい、夫は妻からもらったそうだ。助けてあげたときに。
⑤あの事件以来、僕はめっきり横断歩道が怖くなってしまい避けるようになった。      
 あっ、そうそう一番最初に 言ったことを思い出したよ。この家族が不幸だってことだったよね。初めのうちは僕もそう思っていた。しかし時間がたつにつれ一概にそうとも言えないのではないかと思い始めた。だから今でも彼らをこっそりと観察し続けている。あっ!そういえば今日は、「水」曜日じゃないかっ!
彼らが出会った日、そして週に一度の再会日。そろそろ出発するとするか。それでは諸君また会おう。「…………」そうそう、一つ言い忘れていたことがあった。 
くれぐれも「水」にはご注意を。それじゃっ!

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白の旋律〈白の光〉~旋律№1「人間」と書いて「奇跡」~

〈白の始まり〉

旋律№1「人間」と書いて「奇跡」
                     白
                                                 
「次の瞬間、たとえ死んでしまっても、後悔しない人生を送ろう。」これは僕が最近になって最も強く意識し始めていることの一つだ。それは、「人間」という生物が自分の感情を言葉、文字、絵などによって相手に伝えることのできる唯一の生命体であることに気づいたからであり、また、現在地球上に生息している生物の数を考えてみれば来世、「人間」としてこの地球上に誕生することがいかに奇跡的なことであるか、僕自身少し興味を持ったからである。以下の文章は僕の実体験、人生観を基にした少し不思議で、なおかつ正解は無いが現実の話である。

       1 だから「奇跡」
 「お前、もし人間じゃなかったらどうする?」僕は会う人会う人に大体この質問をすることにしている。それは、自分以外の人間が「人間」であることをいかに考えているかを知りたいが故である。ただそれだけである。大体この質問をすると相手の返答は以下の場合が多い。「そんなこと、考えたことも無い。」あるいは「人間は永遠に人間にしか生まれてこないんじゃないの?」の二つが圧倒的に多い。僕は彼ら、あるいは彼女たちに心の中でこう呟く、「来世、人間に
生まれてこないとしたら、次の瞬間死んでしまっても本当に後悔は無いのかい?」と。
 現在、地球上に生息している生物は数百億、あるいはそれを超えると言われている。仮に一人の人間が死んだとして、来世もまた人間に生まれてくるなんて、そんな都合のいい話があるだろうか?サルの顔に似た人間、チーターのように全身筋肉ですこぶる足の速い人間、何をするにもノロいナマケモノ人間。このような人間を誰しもが一度は見たことがあるであろう。僕は彼らが前世、人間ではなくサルやチーター、あるいはナマケモノであったが故にその名残を人間となった今も残しているのではないかと思うのだ。だとすれば、人間は永遠に人間にしか生まれえてこないなどという屁理屈的かつ不平等な考えは容易に間違っていることに気づくはずだ。と同時に現在、人間として生きている自分、隣に座っているオヤジ、道端にたまっている女子高生ども、しまいには純真無垢な子供達が来世もまた人間として生まれてくる確立は、悲しいがほぼゼロに等しいと言えるだろう。
       
       2 逆転
 僕が今の今まで誰にも話さなかったことを話すとしよう。ちなみに読者諸君は、僕が以下に記す事柄ができるに人間であるという情報を第三者には決して漏らさないでいただきたい。
 簡潔に述べると、僕は身の周りに点在している静物さんや植物さんたち、つまり人間以外のものと話ができる特異体質人間なのである。その結果、植物さんや静物さんたちの気持ちが理解できるだけではなく、いかに人間であることが奇跡的であることかが分かり、それ故「人間」という生物に興味を持つに至った次第である。再度念を押しておくが、第三者にはこの情報を漏らさないでいただきたい。それは特異体質を持っていることが世間に知られたが故に「文明の発展」の名の下に実験材料にされ、死んでいった多くの人々、そして動物さんたちのようにはなりたくはないからだ。一度しかない「人間」としての人生を他人に奪われてしまう悲しさ、辛さ、そして精神的圧迫から来る心の痛みを考えて欲しいのだ。
 それでは具体的に話すとしよう。仮に今、僕の前に消しゴムさんがいるとしようう。彼は当然のことながら人間どもの書いた誤字をこの世から永遠に消し去ることが仕事である。それ故いつも黒く汚れていることだろう。が、しかし僕の消しゴムさんは使う時以外はいつも真っ白である。これを聞くと大半の愚かな人間どもはきっと驚くことであろう。やはり僕の友人達の大半も驚いていたのだから。さ、その汚れ傷ついた消しゴムさんがもしも諸君はどう考えるだろうか?僕がそうであったなら間違いなく一秒でも早く消しゴムとしての生を辞めにしたいと思うはずである。そして汚れ傷ついているのが消しゴムさんの体ではなく、もし人間としての自分の体であったのなら。誰しもが一目散に体を丁寧に洗い始め、痛い体を引きずりながらもやはり一目散に病院へと行くことだろう。これで諸君にも少し静物さんたちの声が聞こえてきただろうか。 
 人間以外の動物さんたちを考えてみるとする。舞台はよく晴れ、暖かく心地良い風が吹く、そんな爽やかで平和な日曜の朝。聞こえてくるのは小鳥さんたちの鳴き声。いつもなら電車の中で聞いているはずの踏み切りの音。しかしそんなことはどうでもよい。だって今は真っ白い布団の中なんだから。しかしそんな平和な音に混じって叫びにも似た声が聞こえてくるではないか。布団の中から右耳を出して聞いてみると、「ズズズッズッズズッ」今度は左の耳も出して聞いてみると、『ッッッウッウウー。キャウゥ―ン』といかにも第三者の同情を引くような犬さんの散歩に対する必死の抵抗と悲哀に満ち満ちた心の声が聞こえて来るではないか。しかし、犬さんたちが泣いてみても、全ての肉球に全力込めて飼い主の引っ張る力に抵抗しようとも、結局は散歩せざる終えないのである。それは彼らが人間でないが故に言葉が使えないためである。それを考えるだけで僕は耳を覆いたくなり、出していた耳を両方ともまた布団の中にしまうのである。
 常日頃、首輪を付けられ鎖につながれたまま、固くて旨味のない飯を食わされる。そんな毎日が続くだけ。今日も自分の意思とは逆に引っ張られ、見たい世界も見られずに一日は終わっていく。壊れた犬小屋の屋根から滴り落ちる水滴で目が覚める。毎日目に入るのは同じ風景ばかり。
 隣から聞こえてくるのはまた別の犬さんの声。顔を見ることはできない。なぜならそこには、犬さんにとっては高くて固すぎる人間が造ったコンクリートの壁が立ちはだかっているのだから。
 最近、よく見かけるのが精気も失い腹の肉も弛んで一日中横たわっている可哀想な犬さんだ。仮に諸君が犬さんの立場だとしたら何に、そしてどこに生きる楽しみ、そして希望を見出すことができようか。僕はペットを飼っていない。人間以外だからといって他の動物さんたちをペットの三文字に当てはめるのに残酷さと人間の醜さを覚えたからである。動物である人間がやはり同じ動物である犬さんや猫さんを「ペット」にするというのなら、人間が人間の「ペット」あるいは人間が犬さんや猫さんの「ペット」にもなり得るのだ。もしもその「ペット」が自分だったのなら……。
 実際にはありえない話だが、仮に人間が人間のペットだとしよう。よりリアリティーを増すために隣の家の子供をペット、そして母親を飼い主という設定にしよう。 
 朝起きた息子のA君はあかい首輪に首を締め付けられ、昨日の母親の食べ残しを食べ始める。勿論、食欲が満たされないばかりではなく、ストレスもたまる。結果、「ママ、お腹がすいたよ、もっとおいしいものをたくさん食べさせてよっ!」
と叫ぶのだ。すると母親は、「うるさいっ!あんたはペットなんだから黙ってなさいっ!」というのが関の山である。すると息子のA君は腹をすかせたまま肩を落とし、短い生涯ではあるが犬小屋の中で次の飯の時間までの暇つぶしをするのである。(当然息子のA君は)ペット扱いだから、犬小屋では精一杯に体を小さくし、できる限り寒さを防ぐために体を丸めるわけである)実に惨めである。
 しばらくして母親は外へと出かけ、息子のA君も少し小屋の外へと出て体を動かしている。すると隣の家から、やはり人間ペットである娘のBが話しかけて来る。
「あなた、今日の朝ご飯何だったの?」
すると息子のA君
「昨日の残り物の固くて冷め切った焼きそばに申し訳程度に味噌汁がぶっかけてあったよ。」
すると娘のB
「あらあら、あなたも私と同じで飼い主にひどい扱いをされているのね。私の朝ご飯は固くてカビの生えかけたパン耳に牛乳がぶっかけてあって、ドッグフードが少し添えてあったわ。」と悲哀に満ち満ちた声でこうこたえる。
 その後、娘側の飼い主が二人(いや、ここでは二匹というべきであろうか)に対してこう叱る。
 「本当にうるさい奴らだね、いちいち注意してやんないと分かんないのかねっ!このバカどもがっ!今度うるさくしたら飯抜きだから覚えておきなさいよ、まったくもー。」
 娘Bはこれ以上無いくらい低い声の調子で小さく「はい。」とだけ答え、小屋へと入る。息子Aは、いつもの見慣れた空に向かって小さくこう呟く、「どうして同じ生き物なのに……。」と。そしてまた暗くて狭い小屋の中で次の飯を待つのである。
 そのうちに小屋から出るのも面倒になり、今にも消えてしまいそうな弱々しい光を放つ目に映るものは、固くて高いコンクリートの壁よりも更に強度と高さを増した「人間」という名の壁なのである。ここで読者諸君に一つ問いかけをするとしよう。彼らは「次の瞬間、死んでしまっても」果たして後悔はしないだろうか?そして諸君自身が彼らの立場であったのなら後悔しないだろうか?
 ほら、傷だらけになって真っ黒になってしまった消しごむさん、そして庭先でぐったりとうなだれている君の犬さんに少しの愛情を注いで見るべきではないだろうか?彼らの声を聞きたいと思った不思議好き人間はやってみるといい。明日朝、君の耳には生きとし生けるものさんたちの生の声がほんの少しだけ聞こえてくるであろう。
 以上の事柄は、正直なところ僕以外にも考えたことのある人間が山ほど、いや、宇宙の星の数以上にいることであろう。しかし、以下に述べる事柄は諸君も初めて耳にするであろう実話と、一般の人々の頭ではかなり喚起することの難しい映像とを駆使してお伝えすることにしよう。
       
       3 Thanks my wall
僕の趣味は「人間観察」である。読者諸君はこれを聞いて僕という人間に対して少し偏見の念を抱くことであろう。もちろん、そんなことは百も承知である。なぜなら、十八年間生きてきて今の今まで同じ趣味を持った人間が一人もいなかったのは明白な事実だし、その単語を話した人間もやはりいない。 
 自己紹介の場などで僕がその趣味を明かしたとき、幾度となく場の雰囲気が冷め切ったのだって事実だ。そんな僕だからこそ、あるいは僕だけにこそ見える世界があるのだ。
僕が「人間観察」を行うようになったのは生まれたときか他人に裏切られ続け、傷つくことに対する辛さがもう限界に達し、発狂しそうになり自殺も考えたからである。そして自分を守るには相手の内面世界を全て奪い去ってやるくらい知る必要があると思ったからである。さあ、ここから僕の世間に対する反撃が始まる。
 「○○くん、人の話は目を見て聞きなさい。」と、誰しもが一度は耳にする人間世界の道徳的助言を今日もまた耳にする。速決に述べると、僕が会話をするとき、あるいは、相手の話を聞くときにその人の目を見るようになったのは
十七歳のころである。もちろん、「人間観察」はそれ以前からも行っていた。しかし、「それ」を行う上である日、僕の目の前に東京都心のビル、いや、太陽の南中高度にも負けず劣らずの、すこぶる高い奴が立ちはだかったのだ。
 奴は僕に言う。それも高飛車に、かつ自信満々そうに。「それは完全なる人間観察なんかじゃない。相手の内面世界に侵入し、自分がそれを奪い去ったときに成立する。」と。そういうと奴は目を閉じ、何事も無かったかの如く眠り始めた。
 夢、もしくは幻覚のような一瞬の出来事……。しかし一つだけ覚えていることは、あのときの奴は確実に僕の内面世界に侵入していた。そして奴と僕の眼球は寸分の狂いも無く一つの線で結ばれていた。その後、僕の心の中にはしばらくの間、いとも簡単にそれもあの一瞬で進入されてしまった悔しさと情けなさとが、全人類の心の中に押し込んでもまだ足りないくらいに量を増し続け、不安、苦痛、失望の表情として外にあふれ出てきた。ものすごく心が苦しかった。外にこの気持ちを放たなければ内部爆発が起こり、「僕」という人間が消滅しそうだった。
 あまりに苦しすぎたので僕は内面世界へと戻り、気持を外に逃がすための蓋、あるいは緊急用の脱出通路の出口でもあればそこをぶっ壊そうと考えた。
 僕はひたすら歩き回った。しかしどこにもそれらのようなものは存在しなかった。(あまりに世界が広かったのも原因の一つだろうが……。)
ふと気づくと、僕の周りには先ほどの悔しさと情けなさの波とがそぐそばまで差し迫っているではないか!なんとしたことだ。僕としたことが自分の作り出したものに殺(や)られてしまいそうになるとは。しかし、こんなところでくたばってたまるか!まだ、壁の奴との勝負が残っているのだ。そう思いながら、あと僅かしかない陸地をまた次のそれへと向かいながら足がイカレちまいそうなくらい必死に走った。
「もう限界だ。」足がイカレる前に精神がそうなってしまったらしい。次の瞬間、辺り一面は暗黒世界と化し、いよいよ終幕かと思った。その時、僕の目の前に見覚えのある顔が現れたではないか。ごつごつと荒々しく所々にひび割れが目立つ。一部には見たことのない草まで生えているではないか。そいつが目を開いた瞬間、僕の脳裏に「壁」の一文字が浮かび上がった。かろうじて意識を取り戻した僕は、今度こそ奴を負かしてやろうと強く思った。 
そうだ、奴の内面世界への侵入を試みよう。すぐさま奴の眼球をにらんだ。壁の中に更に高い壁がある。そうとしか形容しようがないほど奴の防御能力は絶対的だった。しかしここで屈する僕ではない。今度は僕の眼球をできるだけ奴のそれに近づけ、奴の奥の奥に焦点を合わせるように試みた。「まぶしい、なんて純度の高い光なんだ。」それが更に強くなりだしたと思うと、僕はもう奴に抵抗しようなんて考えなくなり、しばらくの間その光に心を奪われていた。
あの時、壁の眼球が放つ光が、僕の記憶に刷り込んだものは依然として未解明なままである。しかし、「壁」は一言もしゃべらなかったし、あの後僕の心の中には心地良い春風のようなものが吹き抜けたことだけは事実だ。おそらく奴は、言葉は無くても目を見ることで相手の全てが分かるということを教えてくれたのだろう。もちろん、この考えに正解なんてものはないしこれから先も僕の答えは変化し続けるであろう。
あれ以来、人間の生の眼球を見るのが僕は楽しくて仕方がなくなったのだ。そして、人間の感情の出口、入り口は眼球にある。そう自負したのである。
「Thanks my wall」……。

       4 彼らの叫び
 この地球という星には人間以外の動物さん、あるいは先ほどの消しごむさんのような静物さんたちのほうが圧倒的に数多く存在していることは言うまでも無いことである。が、ここで話が終わるわけがない。それはこの文章を書いている人間が「人間観察」を趣味としている人間を拒み、偏見をしているような狭い世界の中でしか生きることができないそんな小さな人間ではないからだ。
僕だけにしか見えない世界がある。少しでも力を緩めれば大爆発を起こし、天地もろとも吹っ飛ぶであろうくらい強い気持ちを掌と全身に押し込め、僕自身の全神経に「理性」という名の警備員を二十四時間体制でフル動員させ、明日も昨日も、そして今日も必死でとどめているのだ。(頑張り過ぎて最近では右手さんがほんの少し緩みだしたのは気のせいかな?)
「今日もまた隣の先輩が崩れ落ちたよ……。」
「当時は真っ白でその中には何百人もの人々が出入りしていたって噂だよ。」
「次は誰の番なのかなぁ?そう考えただけで体の中に空虚感が漂うよね……。」
 東京都心、全世界の背の高いビルさんたち。彼らは人間たちによって生み出され、老朽化が進み不必要とみなされればすぐに足元に爆薬を仕掛けられ、「ドッカーン……。」今日も世界中に悲しみの声が響き渡る。
仮に今、目の前で一人の老人の足元に爆薬を仕掛けてみるとしよう。それも君の目の前で、君自身の手によって。並外れた精神力の強さを持つ人間、もしくは殺人マニア、あるいは狂人でもなければ指先が震え、スイッチを押すことはまず不可能だといえよう。しかし、話を円滑に進めるために少々気の毒ではあるが、君には殺人者役、そして老人には他界者役をお引き受けしていただくことにする。
(あくまでも僕の小説世界での話であるから心配御無用)。ではスタート!
 意思に反し君はスイッチを押した。押してしまったのだ。するとどうだろう。君の目に映るはずの一瞬の出来事がビデオのスーパースロー再生よりもはるかに遅く、吐き気を催すくらい鮮やかに君の画面に広がっているではないか!
足元から徐々に老人の疲れ果てた肉体。飛び散る血液の一滴一滴が鋭い意思を持ち、まるで君に対して怒りの感情をぶつけるかの如く訴え、君の髪の毛一本一本からつま先に至るまで暗黒よりもドス黒い罪の意識を植え付ける。
ふくらはぎが破裂し、膝のお皿が木っ端微塵に吹っ飛び、肉の密度が割りに多い太ももも微塵の肉片と化し宙を舞う。
 休む暇も無く次は腰から上だ!体の中心で常日頃バランスを調整し、重力に耐えている頑丈な骨盤さえ原形をとどめない。そして油気も失い、肋骨(ろっこつ)が皮膚を突き破らんばかりに痩せ細った上半身。その肋骨が下から綺麗にドミノ倒しのようにその役目を終えていく。 
長年の間、一度も止まることなく走り続けてきた頑張り屋の心臓さんもついにその時が来た。老人の目に生気と光が失せた。そう、彼は死んだ。君の指先の運動一つによって。スイッチのオンと命のオフ……。
 後の光景は言うのも痛々しくて辛い。しかし、より自分勝手な人間諸君に罪悪感を強く深く植え付けるために僕はここに記す。
 喉仏(のどぼとけ)が人間の鼓膜を貫き、ぶっ壊すくらいに大音量、なおかつ超高音の悲鳴を上げる。
 いよいよ最後は頭蓋骨。その前に眼球のことを書かなくちゃ。眼球だけは人間の体の部位の中で唯一、表情を変えないと言われている。その一番柔らかい部位であろうそれが、一番壊れるのに時間がかかったように思える。僕の私的感情でなおかつコンマ何秒かの世界だ。もしかしたら同情から来る錯覚なのかもね。
 長らく君を待たせたね。さあ、最後は頭蓋骨だ。人間の脳を守るが故に一番強固であることは言うまでもない。そいつが鈍く低い低い地鳴りにも似た音を立てて粉砕!そして人類の進化の過程で常に先頭を走り続けてきた脳ミソが爆発!例えて言うなら……、あっ破裂したスライムがいい例かな。その破片の中にイモ虫を混ぜ込んでみると限りなく近いね。
 ねえ君、空想世界で一人の人間をスイッチ一つでこの世から葬る気分はどうだった?これがもし空想世界じゃなかったら……。葬られるのが君だったら…
…。そう、一瞬のうちに目の前には恐怖心の壁、背後には現在に至るまでに人間達によって消滅させられてきた数多くの魂の塊たち。小さなシャープペンさん:から大きなビルさんに至るまでいつもこの恐怖心と戦っているんだ。
 たまに、そのシャープペンさんの書き味が別物かと疑うほど気持ち良かったり、ビルさんが太陽に向かって胸を張り、精一杯まだ頑張れることを人間に見せようとしているよね。
 そんな風な経験をしたことがあるのはたぶん僕だけじゃないよね?

       5 隣神
 すごくスケールの大きなもののことを改めてよくよく考えてみると、実は近くにありすぎていたが故にそう見えていたり、気付けないということは数多く存在する。そして気づいた瞬間というのは、大体寒気がし、鳥肌が通っており、そこを触ってみると嫌な寒さを感じる……。誰か他の人に話さなければ外に溢れ出てしまいそうなくらい静かな恐怖心が心の底から沸々と湧いてくる。何か、知ってはいけないことを自分一人が知ってしまったような……。そんな不安を伴って。
 そう、あれは間違いなく僕が十六歳の時の夏のことだった。三時間目の「Ⅰ」先生の数学の授業中、僕は一番前の席で制服を着てダラダラとひたすら汗を流す彼らと一緒に授業を受けていた。Ⅰ先生は学校一、板書のスピードが速くてその量がハンパじゃなく多いんだ。おまけに年がイッちゃってるから一言で片付けるならば周りが全く見えなくなっている。
 左手には常時ハンカチ。汗の量もハンパじゃない。(ハンカチ君が非常に可哀想である)。古い型の四角くて必要以上に大きすぎるレンズを搭載(とうさい)した眼鏡。(この期に及んで何を見ようとしているのか彼は……。)
 今日も一人、また一人と力尽きてバタッ、バタッ。隣もバタッ、後ろもバタッ最初から力尽きている奴もいたっけ。それくらいハードな授業なのだ。雑談無し、生徒との触れ合いも一切ない。彼には人間が「物」に見えているのかもね。(僕とは逆の性質かな?)
 僕は夏といおうが水分をほとんど取らない人間だ。それは、汗をダラダラと流し、ベタベタになり、それでもまだ水分を吸収しようと試みる人間どもに見苦しさを感ずるからである。
 生きている感じがしないときって誰にでもあるよな。とは言え僕は一回も彼の授業で気を抜いたことはないし、手を抜いた事だってない。おかげで数学もいつも高得点だったっけな。故に十六歳の夏の出来事だったと断定できるわけだ。(あんな生き地獄を忘れろって言うほうが無理だ!)
まあ、そんなこともありつつ本題に入るとしよう。どうして「人間」人間が地球から溢れ出てしまわないのか?って君は考えたことがあるかい?
一つは重力があるから。一つは大都市での人の波に窒息寸前になった人々が田舎に移り住むから。一つは未開の地があって人々がそこを目指すから。しかし、そんな科学者どもの意見では騙せないぞ!周りから反論意見を固めていくとしよう。
一つ、近年嫌気が差すくらい耳にする「地球温暖化」。南極の流氷が気温の上昇によって溶け、水位が増し、今日も陸地が喰われている。一つ、科学技術の進歩により、食が豊かになり人類全体の平均年齢が高くなっているにもかかわらず人間は地球から溢れ出ない。なんていう難しいこともあるが、それよりも更にバカデカく、なおかつ鮮明な理由がその時の僕の頭の中を洗脳しやがった。
地球という星に人間という生命体が誕生してから今の今まで誰かに計算しつくされているかの如く、おかしな話だが都合がいい時期に戦争が起こり、多くの人々がこの世を後にした。
後から歴史を見ると怖いくらい規則的にそして上手い具合に人間たちに悟られないように常に人間の数は地球内にとどまることの可能な数を「保たされている」ことに僕は気付いてしまった。それは人間の驚くべき進歩の速さと、その力を恐れた「神」と称される奴が地球の中だけに人間を押し込めておくための術なのかもね。
 最近ではあまりに規則的に戦争が起こりすぎて、僕みたいにその意図に気付く人間が出てきた結果、「爆弾テロ」とか「感染ウィルス」とかも使い始めているみたいだが……。そんなことをしたって無駄さ。だって僕の目にはシーソーに乗った二人の人間のうち軽いほうが沈むって話くらいに不自然に映っているのだからね。
 今現在、生命体が生息するのに最も適している星は地球と称されているわけだが、その地球も近年、人間たちの手によって消滅の危機にさらされている。「神」という奴が本当に存在するのならば、本来人間という生命体を生み出した理由はもっと他にあると考えることができるであろう。
 例えば、美しい星を守るべき技術を身に付けることが可能な知能を様々な分野に活かさせるとか、地球にとどまらず、宇宙規模で通用し得る芸術を生み出させるとか。もしかしたら人間の知能と肉体、そして文明の発展の過程を神自身が単なるヒマつぶしとして観察するために僕らは誕生せしめられたのかもしれない。だとしたらその点だけは案外僕と気が合うかもね。だって……僕も観察好きだから。
 僕は人類の進化の過程やら、歴史といったものに全く興味が無い。正直、そんな研究やら調べ物をしているより、「時間」というものを「今」生きていることに費やしたいから。
 そこで、大ざっぱに地球の誕生から今に至るまでを僕の視点から述べてみるとしよう。
 地球という星に生物が誕生し、上手い具合に進化の過程を隔て、言語能力を身に付けた。どうだろう、ここまでの話でもかなりおかしな点だらけである。宇宙はとてつもなく広いのになぜ地球一つだけが生命体の宝庫となったのか?また、恐竜の絶滅のように途中で進化を中断せざるを得なかった何らかの障害物は無かったのか?そして最大のおかしな点は数え切れないくらい数多く存在する生物の中でなぜ、どうして、人間だけが言葉を使えるのか?普通、動物さんはみな、泣き声を持っているのだから言葉を使えるそれらがもっと存在していなくては逆に不自然である。進化の過程のどこかで人間の会話を耳にし、難しくは無いだろうに。しかし、こんなところでつっかかっていたらこの先疲れてしまうので、まあ、「偶然」という言葉でも借りて先に進むとしよう。
さあ「言葉」を身に付けた僕たちの先祖たちは、常に「今」よりも豊かな生活を求めて日夜、文明の発展に労力、いやそれだけにとどまらず一生涯を費やしてきた。そうなると今度は熾烈(しれつ)な権力争奪戦が始まる。誰が、そしてどこの国が一番なのか。次第に争いに熱が入りだし、国同士の熾烈な潰し合いが勃発する。人間たちの産み出した兵器の破壊力は地球一つくらい軽く吹っ飛ばすところまで来た。やはり調度その時くらいにも戦争が起こっていたっけ。そして何人もの死者が出た後で人間たちは初めて過ちを犯したことに気付く。しかし、数十年後、また「偶然」の如く起こり、やはり多数の死者を出す。いつも地球の危機と隣り合わせに多数の死者がいて、悪事を働く人間たちが戒めを受けている。このサイクルを繰り返すことによって地球は永遠に消滅しないし、永遠にここから人間が溢れ出ることはないし、過剰なほど早い文明の発展も近いうちに限界を向けるだろう。
実に上手い具合にできている。「神」がいるとしたら、地球は鍋とその中の沸騰したお湯で、僕らはその中で生まれてはすぐに消えてしまう儚い儚い無数の泡。そして「神」自身は沸騰し、ふきこぼれようとするお湯の中にギリギリのタイミングで冷水を流し入れる、言わばコックのような存在ではなかろうか。実にできすぎていて怖くなる話だ。そう気付いたと時、僕の腕には例の嫌な冷たさの鳥肌が立ち、やはり冷たく嫌な感じが全身に走り抜け、汗なんかとっくに引いてしまっていた。
そう言えば機会の計算能力のほうが人間のそれよりも遥かに優れていることを実証したのは悲しいことにやはり人間だ。では何故、僕らは夏の暑い中「数学」などというものを学習しているのだろうか?人間が計算を行う意味はもはや無いのではないかと疑り始めたのもあのころだな。その質問をあの数学教師「I」に聞かぬまま今に至った。彼は今、どうしているのかな……。

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 「動物的感覚が働く」が働くという言葉がある。皆さんもご存知の通り、物体として現すのは難しいが少し先の未来を意識とは関係なしに予知することである。その「感覚」が働くときは大体、未来に待っているのが自分もしくは知人に対する危機であり、負のことである。その感覚の鋭い、鈍いは人それぞれであろうが、これだけは確実に言えることだ。「人間」は誰しもが必ずこの感覚を持ち合わせている。
 その感覚が指し示しているものとは来世、人間としてこの世に誕生することがどれほど「奇跡」的であるかという一種の教えのようなものであろう。それが心の奥底にあるが故に人間は一生懸命に生きているんだよ。単に走ることが好きだからとか、歌を歌うことが好きだから頑張っているんじゃない。「人間」として再びこの世に誕生するのに膨大な時間を費やし、辛いこと、悲しいことも他の動物でいた時に何度も何度も経験した。人間ではなかったが故のね。だから人間として再びこの世に生まれ、その喜びを全身で噛み締めて魂が擦り切れるまで「人間」を楽しみたいと魂自身がそう思っている。だから僕らは頑張れるんだよ。また立ち上がれるし、何度だって諦めずに明日に立ち向かう。
 世に言う作家、音楽家、芸術家たち、あるいは自分が他界した後の世界に「自分」(作品)を残そうとする人物は、かなり動物的感覚が鋭く、冴えている人たちだと僕は思うのである。だって、人間の時に残した何らかの作品がまた数百年、あるいは数百億年後に自分が再び人間としてこの世に誕生した時に残っていたとしたら、それはすなわち数百年、あるいは数百億年間、人間としてこの世に生き続けていたというステキな証になるではないか!だから僕も本をこの世に残し、永遠に人間としてこの世に行き続けるために、そのために全力で一文字一文字に魂を込めて文章を記しているのだ。自分の気持ちを何らかの形で相手に伝えることのできるのは人間だけだから。本当に素晴らしくて胸が熱くなるよ。今、それをできることが可能な立場にいるんだから。
 全く同じとまでは言えないだろうが、歴史的作家、芸術家たちも似た類にことを「動物的感覚」で察知していたに違いない。だから、作品の製作に一生涯を費やしたのであろう。その努力と労力が報われ、今もなお彼らの作品とその中に生きる彼らの魂は語り伝えられている。実に羨ましい。人間として他界して数十年、あるいは数百年経った今もやはり人間としてこの世に生きているのだから。永遠に人間でいられるのだから。
 動物は人間も含め皆、この世に生命を授かった瞬間、残酷な話だが「死」に向かっての歩行運動を始める。意識しにくいのだが、未来ではなく僕らは「死」に向かって歩んでいるのである。
 いつ訪れるのかなんて誰にも、そして自分にさえも分かることのできない「死」。それを助けるのが先ほどの「動物的感覚」であろう。その感覚が桁外れに優れていて鋭いが故に自分がいつこの世を去ってしまうかが分かってしまう。そんな経験をしたことがあるのは僕以外にもいることであろう。
 僕の場合、人が事故で死ぬとか、自分に対して殺意の念を抱いている者が身の回りにいて、それらが僕の命を奪おうとしている臭い、あるいは目に見えない空気の流れと質感の変化が手に取るまでとは行かないが分かる。今までも幾度と無く他界の機器を寸前でかわしてきた僕。年齢を重ねるにつれ、この感覚は鋭さと正確さを徐々に増して行き、十八歳となった今、何時間後かに起こり得るであろう自分に対しての負の事柄をあらかじめ感じ取ることができる。だから最近では他界寸前の危機というヤツは少し減ったようにも思える。
 そうそう、その他にも視界に入っている他人にこれから起こり得るであろう負の事柄が襲い掛かろうとしていることも分かるのだ。その事柄の大小まではまだ完全には予知できないが……。
 これを聞いて諸君は偶然、もしくは嘘だと思うであろう。しかし、これから上げる僕の実体験を聞けば、僕の言わんとしていることが分かるであろう。さあ行こう、舞台は今から四年前の初夏の早朝だっ! 
 当時、中学二年生だった少年はいつものように学校に一番乗りしようと軽快に自転車をこいでいた。目の前に広がるのは自転車に乗っている人間のために決して過言ではないくらいの長い長い下り坂と風をぶっ切るには最高なロングストレート!いつもの様に下り坂のスタート地点を早る気持ちを抑え通過する。なんて気持ちの良い風であろう。冷たくて、透き通っていて、大地と生命の香りが僕を包む空間全体を満たしている。いつまでも下り坂だったらいいのに、まるで深海中をものすごい速さで前へ!そしてもっと前へ!と進むようだ。頬をなでる優しくヒンヤリとした風はロングストレートに差し掛かってもしっかりと僕を包んでいる。このまま、このまま……。
 ロングストレートも終わりに近づき、少し気を落としかけたその時だっ!「ドンッ!」という鈍い音がしたかと思うと、目の前の世界は平行感覚を失い、僕は車道に激しくものすごすぎる力で自転車共々叩きつけられていた……。
 意識が戻ったのはそれから約二、三分後、無意識にとはああいうことを言うのであろう。僕は立ち上がったかと思うと冷静すぎて気持ち悪い汗が流れ出るくらい、実に手際良く自転車を立て、車道から歩道に持ち上げて移していた。自転車の後輪を地に着け、前輪も同じように地に着けたその瞬間と同時に僕の横をものっすごい速さで白の乗用車が過ぎ去っていった。それもその一台だけである。先ほど流れ出た汗が引き、再びそいつが流れ出てくるくらいに気持ち悪かった。その地点はちょうど直線を終えて、カーブに差し掛かる寸前の所だったので、仮に僕の存在に運転手が気付いていたとしても、間違いなく即死だったろう。
 テレビのドラマなんかでたまに、自分の体から魂だけが抜けて、自分の肉体を自分で見ているなんてのがあるが、説明するとしたらあんな感じに近いかな。唯一つだけ異なっているところがあるとしたら、肉体にも魂が宿っていたし(自転車を動かすという運動をしていたのだから当然だ。)魂自身にもちゃんとそれが宿っていた。その証拠に僕の脳裏にはあの時の僕の表情、動作の順序があたかも第三者を見ているかのごとく強烈に、嫌になるくらいに鮮明に焼きついている。動作の方は先ほど説明した通りである。表情はというと、あれが事故直後の人間の表情なのか、そして自分でも可哀想になるくらい、顔に全く表情が無いという感じで、まるで魂が剥(は)がれ落ちて、魂がどっか遠くへ行ってしまったような感じだった。「色のない空」、「文字のない辞書」、「果肉のない果物の内側世界」、そして「表情のない人間」。在るべきものたちが在るから世界があるんだ。そう実感せざるを得なかった。
 我に意識が戻るまで約二、三分。ふと足元を見ると誰の目にも留まるであろうかなり大きな石。しばらくそいつを観察していると、存在ではなくその憎悪に満ち満ちた強いオーラに気付けなかった自分が情けなく思えた。
 奴のそれは気付いてみると人が放つオーラよりも果てしなく強く、まるで「意思を持っていたかのようだった。」
 しばらく奴に目を釘付け状態にされていた。その停止している時間を解き放ち、ぶっ壊してくれたのが僕の体のケガから起こる痛みだった。夏ということもあって上着は汚(けが)れなど全く無く、果てしなく白く白いワイシャツだった。その一面の美白世界にできた赤いシミと擦れて破け、醜いまでにキレイにできた穴。左肩。ものすごく痛かった。それにズボンにまで擦れ跡。
 朝の清清(すがすが)しいそれ以前のワイシャツの真っ白い色に似た僕の気持ち。それを奴は一瞬で蹴散らしやがった!僕にできた精一杯の反撃はやつを力一杯けって蹴ってちかくの田んぼにぶち込んでやる事だった。
 その日一日、僕の気持ちは死を回避できたことへの多少の安堵と石に対する恨み、そして何より動物的感覚がいかに人間を生き長らせ得るという事で一杯だった。恐かった。本当に死んでいたかもしれない。「人間」が終わってしまうかもしれない瞬間だったのだから。
 僕の気持ちは、田んぼに落とされたあの石のようにどっぷりと泥に沈み込んでいたように思える。嗚呼、わが青春に一点の曇り在り……。
 あの夏の出来事以来、僕は静物さんたちにも命が宿っていることを知ったし、それ故に疑念を抱く対象物の存在が人間だけでは留まらなくなってしまい、この世に存在する物、そして生きとし生けるもの全てから僕の命を狙われているような、どん底の黒く暗い不安の中に落ち込んでしまった……。そう、あの時、力一杯田んぼに落としてやったあの石の如く。
 そしてあれ以来、僕の動物的感覚は年を重ねるごとに冴え渡るようになり、幾度となく他界の危機を免(まぬが)れてこられた。
 死なないために生きているのではない。生きてもねぇのに死んでたまるかっ!

       7 反発
 「逆説世界」(Paradox world)。視点を一八〇度変化させて、僕たち人間が一人残らず全員、来世もまた人間としてこの世に生まれてくることを既に知っている状態で生活しているとしよう。
 すると、今まで必要とされていたものと、不必要とされていたものとの価値判断に多少の狂いが生じるであろう。
 まずは、僕らが人間であるが故の証である「法」。悪事を裁き、同時に僕ら一人一人の体と悪事を企(たくら)むそんな考えを死ぬまで縛り続ける厄介な奴。物体でない上に実体も無いので、実に困った厄介者さんだ。必要とされていた時は屋上の一流高級レストランで使用されている卵。しかし、不必要となればその屋上から無残にも落とされてしまい、原形もその存在価値も「無」に等しくなってしまったペシャンコ、グチャグチャのただのゴミ。
 「法」が無くなったも同然となれば、悲しいことだが犯罪者と善人の比率は当然、逆転する。来世もまた人間として出生することが分かっていれば好き放題、
犯し放題、犯罪行為を実行出来るからだ。嫌な話、被害者の目の前で加害者が憎たらしい微笑を浮かべ、ナイフを胸へと突き刺し何の迷いも無しに、自殺を試みている場面がまざまざと思い浮かぶ。警察に捕まって罪を受けないために……死ぬ。死んでも来世はまた晴れ晴れと人間ってわけだ。つまり、法が無意味なものとなると警察、刑務所、あるいはその他の罪人を裁く機関も同時に意味をなくすのである。実に恐ろしい話だ。
 死んでも来世もまた人間として生まれてくることを知っている人間たち……。僕の考えを述べるとしたら、イカレタ人間が増加し、人間であるが故の理性をも簡単に失い、そして他の動物さんたちの生活スタイルにガンガン似てくるであろう。そうするとどうなるのか?答えは簡単、「地球という星に人間はいなくなります。」だってそうでしょ、「一 生 懸 命」に生きる理由が一つも無くなるんだから。ひょっとしたら「人間」という単語、そして存在自体も永久消滅してしまうかもね。
 僕らは動物の中で一番弱い種族だ。そして他の動物さんたちに最も嫌われている動物NO・1だろう。そんな僕らが、知能もろくすっぽ使わず好き放題やっていたのなら、その隙を突いて次に頭の良いカラスさんやサルさんたちの軍団を筆頭に他の動物さんたち全種類、全員から一気に襲撃を食らわされることになるだろう。
 僕らが永遠に人間にしか生まれてこないということは逆に言うと、他の動物さんたちは永遠に人間に生まれてくることは不可能である。なぜかって?人間が人間にしか生まれてこないという設定の中で仮に一匹の動物が奇跡的にも人間に生まれてしまったとしよう。すると、設定上そいつは永遠に人間の生を手に入れることになる。
 そんなことが何百、あるいは何千と起こり始めたら、地球には人間しかいなくなるではないか!そんな事が無いように、上手く全ての魂がまた別の肉体へ肉体へと乗り移り、一つの種族が絶対的な力を手に入れることが出来ない仕組みになっている。仮に人間のような力のある種族がこの星に二つもいたら、毎日が戦争で明け、そして暮れてしまうことであろう。だから力のある種族は人間一つだけ。そして、その力を制御するのが知能であり、理性なのである。誰が考えたのかは知らないが、実に上手くできている。
 だから諸君、人間は人間にしか生まれてこないなんて柔(ヤワ)な考えは捨てたまえ。人間にしか出来ないこと、それを一生懸命になってすればいいんだ。僕らは考えることが出来るそれだけですばらしい。僕ら全員で「Paradox world」の出現を全力で防ごうではないか!

       8 潰し合い
 そうそう、一つ言い忘れてしまったことがあったよ。先ほど僕は会う人会う人に、「もし人間じゃなかったらどうする?」と聞いていると言ったね。でも、もう一つ聞いていることがあるんだ。それも答えがあるかどうかは分からないし、僕にだって分からない。ただ常に考えるようにはしている。それは……「君は神の存在を信じるか?」ということ。
 やはりここでも僕の小規模調査の結果をお伝えするとしよう。やはり意見は、真っ二つに割れている。ある人々の意見は「信じる。だって神様に願い事をしてみたら叶ったし、それに奇跡は神様が起こしてくれるものだから」だとさ。片一方、つまり反対意見のPeopleは、「いないに決まっているでしょ、そんなの。いたら世界に不幸や不平等なんてないし、……」それに見たことが無いから」だと。
 確かに。両方とも正しいようで正しくない。あるいは、正しくないようで実際には正しいのかもしれない。でも分かれないよな、そんなの。だって分かちまったらそいつが神になっちまいそうじゃん?全てを知ってしまったらそいつが王様になって、神様になって、一番になっちまう。
 「じゃあ、そんなお前は神の存在を信じているのか?」って?んー、そうだなー。一言で言うと、信じたくはない。けど、存在している気がしてしかたがない。でも、存在を否定する根拠がない。まあまあ、そうイライラせずに最後まで聞いてくれ。僕だって人々に平等に与えられた時間決して無駄に浪費しているわけじゃないんだ。毎日毎日考えている。だから「人間観察」なんてものも始めたのかもしれない。目に映らないものを捕らえて自分のものにしたいから。でも存在が見えない。実に厄介だ。
 一つ一つ整理していこう。では、まず僕が神を信じたくない理由から話そう。僕ら人間は悲しい話だが平等ではない。頭が良く、運動も出来て容姿端麗で、なかつ歌もうまく芸術センスも優れていて、金持ちだ。そんな人間がいるかと思うと、その反対の人間がいる事だって悲しいことだが真実だ。何のとりえもなく、貧乏で世間からは隅へ隅へと追いやられていく人生。こんな不平等があっていいのかよ。なにが丸くて美しい星「地球」だ、悲しみの永久生産所ではないか!老い!神よ、いるんなら何とかしろよっ!なにが楽しんだ一体!僕らはお前が作った一つのゲームを完結させるための駒ではない。適当なタイミングで奇跡だとか、人の願い事を叶えてやるとか、そんなことの前にもっと他にやることがあるよな!飢えで苦しんでいる人々、いじめられて泣いている子供たち、その他大勢の困り、悲しみ、痛み、泣き、それ故に苦しんでいる人々、あるいは動物さんたちを助けてやれよっ!頼むから……。
 僕は、絶対的権力を持っているであろう神が本当に存在するのなら、絶対に許さないぞ。そして、その存在を絶対に信じたくはない。自分の持っている力を困っている人々、動物さんたちに使ってやらない。それが出来る存在なのに。そんなの偉くもないし、まして「神」として崇拝なんかするべきではない。というのが第一の理由だ。
 次に僕が、前文の理由があるとしても神が存在している気がしてしかたがないということについて話すとしよう。
 僕は、疑うことなしに生きてはいけない人間だ。そんな人間が「屁理屈を言っているんだなぁ」、それくらいの軽い気持ちで聞いていただきたい。
 地球が滅びない理由、人間が滅びることのない理由、万物の事柄がいつもいつも、いつも大爆発の一歩手前で進行が留まっている理由、理由……偶然?それともそれは必然?
 仮に僕、あるいは君が「神」だとしよう。自分の手の内にある美しく、生命に満ち溢れた地球。その中で生活をしている人間、あるいは動物さん。それを一つのゲームだとしよう。自分の気分、指先の動作一つで好きな方向に話を展開できる。
 そのゲームは自分の作った星、つまり地球が消滅したらそこでゲームオーバー。やり直しはなし。セーブ(記録を一度停止した状態で残し、後で再度そこから始める)もなし。主人公である人間に少しずつ文化程度を高めるヒントを与えながら、なおかつ人間自身が地球をぶっ壊さないようにコントロールする。例えば、その地球の中で一番危険でいづれはこの星をぶっ壊すであろう二ヶ国同士を適当な時期に周囲の存在に疑われないように上手いこと争わせる。すると、ふきこぼれる寸前の熱湯に差し水をしたかの如く、まだ話は先へと続く……。
 そんなゲームを最高に楽しむ方法って何だろう?僕は考えてみた。全てを円滑に進め、障害物も自分の手で全て取り払って、完全な形で無傷のハッピーエンド?それとも。中の人間や動物さん、そして生物さんたちが滅びて行く姿を一つのドラマを見るが如くおもしろおかしく見ている?そうではないことが分かった。仮にも「他人事」というのが好前提であり大前提だ。だとしたら星が滅びるか滅びないか、そして人間が滅びるか滅びないかの寸前の風景を常に見ているのが一番おもしろいことは言うまでもない。
「残酷よね。」
「汚いよな。」
「僕らは生かされているに過ぎないのかな?」 
「生きたいよね?」強く、強く。もっと、もっと強くなってやる!
でも、もし神の神経を逆なでする様なことがあれば、「偶然の事故」あるいは事件によって命を奪われかねない。
 最近では、医療技術が進んだ近年ですらも、手術ミスならぬものがあるから、ますます厄介だ。
 誰の目からも全く疑われずに嫌いな人間をこの世から葬る作業が可能なのは正直、姿の無いとされる神だけだ。僕らは姿の無いやつなんかに一生ひれ伏し続けるゲームキャラ、あるいは駒なんかとして生きるためにこの世へと送り出されたのだろうか?
 ゲーム、ゲーム、理想世界……。そうだっ!「ゲーム」とは本来ならば自分の力では実現不可能なこと、あるいは自分が現在自分であるが故に出来ないこと、そして決定的に自分には不可能な理想事象を何か別の存在の力を借りることで成り立たせているモノだ。
 いくら人間の知能が動物界一高くても、言語による意思伝達が出来ても、今日も空は飛べないし、明日も魔法なんて絶対に使えない……だろう。それは人間が人間だから。その夢や欲望を全て叶えてくれるのが、そう、「ゲームキャラ」なのだ。
 ゲーム世界では、本来不であれば可能なことが参考書よりも説得力を持ち、マンガ本よりもおもしろおかしく出来てしまう。すなわち、神は偶然に奇跡は起こせても、今現在、僕らが行っている生活や文化の形成が出来ないから、僕らを利用せざるを得ないのだ。ここまで深く考えると、神が僕らよりも強い存在であるという思想は完全に粉砕したのも同然である。奴に出来ないことが僕らには出来る。だから奴はこの世から人間を消すことができない。罪の意識を植え付けるために、焦燥感を与えるために一時的に人間の数を減らすことはあってもね。なぜかって?答えは二つ。一つは、自分の理想と夢を生(ナマ)の画像として目に映し入れることが出来なくなるから。二つ、現実があってこその奇跡で、奇跡があっての現実だ。つまり、現実をなくせば奇跡には微塵の価値も無くなるし、当然逆も成り立つ。奇跡だけの毎日、現実だけの毎日……。そう、そんなふうに嫌気が差すだろ。奇跡ばかりでは奇跡が奇跡でなくなるし、現実だけが果てしなく続くのならば、別に人間でなくても十分に生涯を楽しめるだろう。
 そう考えると、神の奴が偉いから姿が見えないのではなく、現実の僕らに姿があり、それと正反対の立場にいる存在だから見ることが出来ないと考えることができる。つまり、見えないのではなく「肉体が無い」のである。
 想像してみてほしい、神に肉体があり誰の目にも同じように映り、接点を持つことが可能だったのなら。3、2、1、はい、そこまで、答えは……そう、理想と夢の消滅。ついでに奇跡もね。表が無ければその裏も無く、逆事象についても当然そう言える。重要なのはどちらを表とするか、はたまた裏とするかである。
 僕らから見て神は裏。だが、神から見れば僕らが裏なのかもしれない(数学が大嫌いなので、切り良くこの手の話はここで辞め)。

       9 「人間」と書いて「奇跡」
 
 僕もいずれ、遅かれ早かれ肉体の消滅を迎える日が来る。でも、僕自身、人間であることが大好きな甘いものを食べるよりも、大好きなMr. childrenの甘くて美しい曲を聞くよりもたまらなく嬉しくてしかたがない。そかで、突然だが諸君に一つだけお願いがある(小説を個人の願望を叶えるために使用してはならないのは十分に理解している。が、そんなことはこの際どうでもいいか)。それは……、僕を永遠に「人間」としてこの世に存在させてほしい。ただそれだけのことである。簡単なことで、多くの人々にこの本を読んでもらってほしい。友達、自分の子供、恋人、外国人、悲しみ、苦しんでいる人々、そして他の動物さん(文字は読めずとも、僕の意思を全力で込めたので何か伝わる)。
 この世に生きとし生けるもの全ての目に映したい。そして、語り伝えてほしい。この本の存在を、白の魂の何たるかを。
 来世僕が人間として出世したときに、この世にこの本が存在していれば、僕は目から、そして心から涙を流して嬉しさのあまり泣き続けることだろう!約束をする。そしてまた本を書く。気持ちを解き放つ!それが出来るのは「人間」だけだから。存在し続けることが出来るのは「人間」だけだから。
 「人間」と書いて「奇跡」。今、この瞬間、「人間」であることに溢れんばかりの感謝と神にさえも押さえ切れない心の叫びをここに記す!
                           
制作期間 2004年4月20(火)~2004年5月23日(日)
編集完了日 2004年8月26日(木)  

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